スタメンの時と比較して「またちょっと違うスタイルを作っているんじゃないか」
バットに全てを捧げてきた男が言うから、説得力がある。代打として持っている素質は「僕以上」だ。ソフトバンクの中村晃外野手が、開幕以降から存在感を放ち続けている。ベンチスタートが目立つ中でも、代打として8打数3安打、打率.375を記録している。その姿を「僕以上」と評価するのが、長谷川勇也R&D担当だ。現役時代に「一振り稼業」でチームに貢献し続けた長谷川さんの目に、今の中村晃はどう映っているのか。
4年ぶりのリーグ優勝を狙うホークスは今季、山川穂高内野手、アダム・ウォーカー外野手らを補強。あおりを食う形となった中村晃は4年ぶりに開幕スタメンから外れるなど、チームが16試合を消化した今も10試合の出場に留まっている。その中でも19打数6安打、打率.316。勝負どころで重要な一打を放てば塁上で雄叫びをあげ、拳を掲げる。本人は「まだわからないですね。その域には達していないです」と言うが、長谷川さんは「またちょっと(スタメンと代打で)違うスタイルを作っているんじゃないかなと思いますよ」と印象を語る。
中村晃自身、代打で活躍する中でも「スタメンで出られるように頑張るだけです」と、確固たるレギュラーへの思いは今も抱いている。一方で、首脳陣にとっても中村晃がベンチにいるということがどれだけ頼もしいことなのかも理解している。チームに貢献したい思いと、自分の理想を追いたい思いにジレンマを感じているはずだ。長谷川さんも通った道だからこそ、わかる気持ち。中村晃の気持ちを踏まえつつ、長谷川さんなりに考える“世代交代”について熱く訴えた。
「晃が今、34歳ですか? あれくらいの年齢になってくると、ここから先も考える。晃だったら、この先のホークスの将来っていう部分も頭に入れていると思う。自分が自分が、っていう気持ちもあるだろうけど、どこかしらにはこの先々、チーム全体のバランスも頭には入っていると思う。そこら辺は難しいよね。スターティングメンバーとしてレギュラーを目指さなくなると、それは難しいけど、出続けることによる弊害というか、この先、3年後、5年後っていうところを考えたりもする年齢だと思います」
長谷川さんが初めて規定打席に到達したのは3年目の2009年。2013年には最多安打、首位打者を獲得するなど通算で1108安打を放った。2015年を除いて、シーズン100安打を下回るようになったのは、33歳となった2017年以降。自分の現役時代を振り返っても「それはもちろん」と、チーム全体のバランスや、ホークスの将来を考えるようになったタイミングだと認める。球団の意思と未来を理解した上で、中村晃もプレーしているはずだと長谷川さんは言う。
「33、34、35(歳)っていうのはこの先、どういう、強いチームを受け継いでいくためにはどうするのかっていうのは頭に入れていると思うし、彼はずっと入団からやってきている選手。そういうホークスの歴史だったり、受け継いでいかないといけないっていう使命感ももちろんある選手だと思います」
ベンチスタートが続く日々でも中村晃が準備を怠ることはない。その姿を周東佑京内野手は「本当に参考になる」と言い、緒方理貢外野手は「ヒットを打った時は自分のことのように嬉しいです」とすら語った。長谷川さんも「それがプロですから。試合で結果を出すのがプロという見方もされるかもしれないけど、どういう立ち位置、状況でも同じことを継続するということができる選手もプロフェッショナル」と頷く。代打というだけではなく、1人のプロ野球選手として中村晃を「そういうことができる選手。立ち振る舞いや、試合へのちゃんとした自分のプロセスがある」と表現した。
レギュラーの時から人一倍、打撃への探究心を持ち続けた長谷川さん。代打になったことで「難しさはありましたけど、その中で結果を出すことに面白さを感じていました」と振り返る。長谷川さんは打撃コーチ時代、代打を「ジャンケン」だと表現していた。「打席の中で『何打つ、何打つ……』じゃ、負ける。最初からグーを絶対出すと決めて、相手がチョキを出してきたら勝ち。それくらい割り切っていかないと代打は打てない」。全てを求めるのではなく、割り切って打席に入ることが代打としての極意の1つだという。
その心得を踏まえて長谷川さんは、代打としての中村晃を「晃の方がもしかしたら思い切りはいいかもしれないですね。多分、僕以上です」と評価する。自主トレもともにした師弟関係で、打撃についての話はこれでもかというほどに重ねてきた。「彼はいくって決めたらいけるメンタルがあると思います。僕はどこかで後ろ髪を引かれるというか、どこかでリスクを考えてしまう。彼の場合はいくって決めたらいける選手」と、代打の適性について話した。ここぞでの割り切りと集中力が、今の中村晃を支えている。
11月に、中村晃は35歳になる。レギュラーを目指し続ける気持ちも、ホークスの将来を本気で考えることも、どちらも大切。自分が積み重ねてきた“プロとして”という矜持を、何よりも信じ続けるべきだと長谷川さんも訴えていた。
「レギュラーだろうがスターティングメンバーから外れようがやることは変わらないと自分の中で思っていると思う。それをひたすら貫いてくれたらいいと思います。そうなればもっと上手くなるだろうし、プレーの質も上がるだろうし、プロフェッショナルにも磨きがかかると思うから。スターティングメンバーで出るからとか抜きに、プロフェッショナルとしての自分の準備だったり、結果を出すためにプロセスを積み上げていってくれたら」
そして最後に、力強く付け加えた。「それができる選手だと思います」。長谷川勇也から中村晃へ――。受け継がれていく伝統と、プライドがある。
(竹村岳 / Gaku Takemura)