ソフトバンクの甲斐拓也捕手が13日、大分市内で行っている自主トレを報道陣に公開した。3年連続となる地元での自主トレには、育成の石塚錝一郎捕手や他球団の捕手など7人が集結。その他にも、女子プロゴルファーの阿部未悠選手や、昨年に引き続き「ビタ止め捕手」としてYouTubeなどで注目を集めるキャッチャーコーチの緑川大陸さん、フィットネストレーナーの島田貫任さん、リズムトレーニングを教えるトレーナーの関元崇志さんも参加している。
昨年は緑川さんによる“フレーミング講座”や島田さんの“パーツ理論”、関元さんのリズムトレーニングを自主トレに取り入れていた。そして、今年の新たな取り組みはゴルファーとの“異業種交流トレーニング”だった。球団OBである松中信彦氏の紹介で実現した阿部選手との自主トレ。他競技のアスリートと行うことは初めてだと語る甲斐だが、そこにはキャッチャーらしい、ユニークかつ柔軟な思考があった。
公開された自主トレでは阿部選手がホームベース付近からゴルフボールを打ち、それを選手たちが外野で走り回ってキャッチしていた。言うなれば、“アメリカンノックのゴルフバージョン”。このメニューを考えたのは甲斐だった。
「阿部さん本人にも確認して、状態が変になったりするようであれば止めようと思っていたんですけど、それができるんだったらどうかなっていうのから始まって。実際にやってみて、阿部さんにも『これはいい練習になります』と言っていただいて。僕らも走って捕ってっていうことができるので、お互いそれはいいのかな、と」
「もうすごく集中しますね。ボールがやっぱり小さいので、普通に取りに行ったらボヨンって出ちゃうんで。受け入れるというか、優しく捕っていかないと(ミットから)出ちゃうんで、そこの集中力というのはすごくいるなと思いました」
ノックだとどうしてもノッカーによるミスが起きるが、プロゴルファーがボールを打てば、ほとんどミスが起こらない。そんなところもメリットとしてある。捕手ばかりが集まる自主トレ。キャッチングに通ずるものがあると考えて取り入れた。
得られるものは練習だけではない。「特にゴルフはすごくメンタルがいるスポーツだと思う。プロとしてゴルフをやっている方を尊敬しているんで、メンタルのモチベーションだったりの話を聞くとおもしろいです。野球とゴルフって通じるものがけっこうあるんで」。オフになれば、ゴルフを趣味としている。自身がラウンドする際はショートパットでさえも緊張感がある。「それをあれだけ多くの人に見られている中でやるのはすごい。完全に個人競技で責任を自分で負って、というメンタルはとてつもない」。精神面の話を聞けることも大きな意味がある。
2年連続でキャッチャーコーチとして指導を依頼した緑川さんからは新たなトレーニングとドリルが渡された。「1年間取り組んで、自分の中ですごくいいものがありました。実際に数字としてもいいものが出たというか、感じてるので。継続していかなきゃいけない。去年、1年間見てくれて、もっとできる部分があるという話をされたので、その部分でもっと高いところにいける練習をしてるって感じですね」。課題とされていたフレーミングで大きな改善を見せた2023年シーズン。そのキッカケを与えてくれた緑川さんに全幅の信頼を寄せる。
「僕は(阿部選手、緑川さん、島田さん、関元さんは)スペシャリストだと思っている。そういった方の話を聞いて、自分の中に吸収することができるのが自主トレだと思います。若い人も多く来ているじゃないですか。そういった選手たちも話を聞ける場を作れればいいなと思っていて、実際にやってみて良かったなと思いますし、やっていて楽しいです」。31歳になっても更なる技術の向上を目指し、若い選手と一緒になって上達することを楽しむ姿がそこにはある。
昨季を振り返れば、野球を楽しむことができなかった自分がいた。「1軍で出させていただいて優勝できない。そこの部分に関してはもちろん、責任を感じていますし、責任があるポジションだと、もちろん思ってますけど。すべてを背負いこみすぎて、自分も考えすぎていた部分も多かったんで」。このような状況が自身にとっても、チームにとっても良くないことだと感じていた。
昨年、世界一に輝いたWBCでも「大谷翔平選手がすごくシンプルに野球を楽しんでる姿を見て、こういったものが1番強いんだろうなって。そういった自分でありたいなって思います」と、野球を楽しむことの大事さを痛感させられた。この日も甲斐の口からは何度も「楽しい」という言葉が出てきた。この日の自主トレは9時から16時過ぎまで行われ、かなりハードで濃密だった。時折、苦悶の表情を見せる場面もあったが、その表情からは“充実ぶり”がひしひしと伝わってきた。
育成で入団し、世界一も経験した甲斐は、育成出身初となる1000試合出場まで残り96試合に迫っている。そんな金字塔を前にしても、視線の先には“優勝”しかない。「優勝しないと面白くないんで。去年に関しては優勝もしてない、ゴールデングラブ賞も取れなかった、では全然面白くないので。優勝して、ゴールデングラブ賞を取れなくても全然いいと思ってるんで、優勝できればいい」。個人の栄誉にはなんの興味もない。
「まずは野球を楽しめる自分でありたいなと思っている」。新たな取り組みが成果となって現れれば現れるだけ、自身が目指しているものに近づくことができるはず。野球を楽しんで143試合を戦い抜いた先には、きっと歓喜の瞬間が待ち受けているはずだ。