ソフトバンクは1日、奈良原浩1軍ヘッドコーチ、倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)、牧田和久3軍投手コーチの就任会見をPayPayドームで行った。倉野コーチにとっては、3年ぶりのホークス復帰。米国での“武者修行”で得たのは、どんなものだったのか。「今のコーチは変わらないといけないんです。日本のコーチングは遅れている」とハッキリ言い切った。
三重県出身の倉野コーチ。青山学院大から1996年ドラフト会議で4位指名を受けて、当時ダイエーに入団した。現役時代は通算164試合に登板して19勝。2009年から指導者としてのキャリアをスタートさせた。2021年オフに退団すると、2022年からは渡米してコーチ研修を積んだ。今年はレンジャーズ傘下でマイナー投手育成コーチとなり、貴重な経験を積んできた。
2年間の米国生活。文化の壁も、言葉の壁も乗り越えて、指導者として何歩も先まで成長しようとした。「選手の評価で、自分の主観に頼っていた部分が大きかった。主観に頼る悪いところは(選手によって)合う、合わないが出てくるんです。合わない人がかわいそうですよね。選手にとっては(コーチとの出会いが)たまたまの要素になってしまう」。どんな選手でも成長させられるように、学んだのが数字におけるアウトプットだった。
「圧倒的に違うのが、日本のコーチはまだ感覚で指導している。アメリカはとにかく数字。根拠を示しながら指導する。日本はデータを集めることはできているけど、活用することにすごく遅れている。それこそ10年くらいのスパンで遅れていると言っても過言ではないくらい。それくらいレベルの差が激しいです。アメリカと日本の融合。今と昔の融合。昔の良かったこともたくさんあると思うので。いろんなことを融合して、今の時代、選手に合わせた指導、アドバイスをしていきたいと思っています」
日本の野球界も最先端の機器も用いている。トラックマンやラプソードも使っているものの、手元にあるデータをどのようにプレーに生かしていくか。そこに差があるという。「たとえばスライダーを投げましょう。じゃあ、どういうスライダーがいいんですか、と。大きく曲がるのか、小さく曲がるのか。小さく曲がるスライダーって、どうやって投げるのというところから掘り下げてアプローチしてきた」と、これもほんの1例だ。
NPB時代、倉野コーチもラプソードを使った指導はしていたが、アメリカでの経験を踏まえると「それはできていなかったです」と回顧する。コーチ自身が成長していかないと「いい方向に進んでいるのか、悪い方向に進んでいるのか、わからなくなる」と選手を迷わせることにダイレクトにつながる。全ては選手のため、チームの勝利のために、何倍もパワーアップして帰ってきたつもりだ。
自分の経験を伝える、だけではいけない。数字を示すことが“今の時代”において、必須の指導になっている。技術向上へのアプローチを、選手とともに考えなければならない。スマートフォン1つで、いろんな情報を入手できる時代。「根拠が示せる数字を出す方が、今の選手たちは納得して進める。そういう時代にきている」。選手が次々と知識を身につける中で、ある種の“逆転現象”が起こっているという。
「いろんなSNSや、ケータイ1つで調べられる時代になった。選手とコーチの“知識の格差”みたいなものが生まれるんですね。誤解を招いてほしくないですけど、実はもう選手の方が知識が豊富であることが起こっている。選手の知識が豊富になりすぎているんです。間違っている時に僕たち指導者が知識を学んでいないと、間違った時に正せない。そういう指導は時代として終わっている。コーチが置いていかれないように、コーチも学んでいかないと、いい指導はできないと思います」
つい最近、ホークス時代の教え子でもあり、今季メッツで12勝を挙げた千賀滉大投手と顔を合わせた。これまでよりも一歩“深い”ところまで話せたといい「日本にいたら、今の千賀とは話ができない、合わないです。2年前、僕がアメリカに行かずに日本にいたままだったら今の千賀とは話が通じないです。それくらい違います」とキッパリと言う。アメリカが全てだと言いたいわけではない。間違いなく言えるのは、コーチは成長していかないといけない。
「正直レンジャーズさんも残ってほしいと。日本人のコーチで初めてといういい条件を頂いたり。他の数球団からもオファーを頂いて。その中でホークスさんに戻る決意をした。25年間、ホークスにお世話になって僕を育ててくれた球団。その球団が僕に助けを求めてくれたことを、すごく重く感じた。僕の夢を自分勝手に追うよりは、僕はホークスに恩を返したい思いで戻る決意をしました」
日本野球の方が優れていると思う点も「そこばかりを強調してしまうと、今いるコーチが『変わらなくていいんだ』って思われると怖い」と、あえて明言はしなかった。「偉そうに言うといろんなアンチが出てくるかもしれないですけど……」とした上で、何度だって力強く言う。「今のコーチは変わらないとダメなんです。日本のコーチングは遅れているんです」。そう話す表情は、自信と野望に満ちていた。