昨年9月24日、本拠地PayPayドームで行われたロッテ戦を観戦に訪れた1人の選手がいた。スーパーボックスから身を乗り出して、試合に目を凝らしていた人物。左膝の前十字靭帯断裂から復帰を目指してリハビリ中だった栗原陵矢外野手だった。観戦の目的は明石健志内野手(現2軍打撃コーチ)の引退試合。栗原から声をかけて後輩の井上朋也内野手、風間球打投手とともにスタンドが真っ赤に染まる景色を目に焼き付けた。
「そういう雰囲気、引退試合をしてもらえるような選手にならないといけないっていうのを後輩にも伝えないといけない。見て感じるものが何かしらあると思うので、そういうものを感じてほしいという気持ちでした。自分もそういう気持ちで見にきていました。こういう選手にならないといけないなと思いました」
明石コーチは、当時は栗原がリハビリの途中だったことを把握しつつ、スタンドに観戦に来たことも知っていた。「スーパーボックスでしょ? 『僕行ってましたよ!』っていうから帰って映像を見たら、クリがいたんです」。テレビカメラにもしっかりとその様子が抜かれていた。自分自身の現役最後の瞬間を見てもらい「ありがたいですね」と後輩にもしっかりと感謝した。
1986年1月生まれの明石コーチと、1996年7月生まれの栗原。栗原が明石コーチの存在を「バッティングのことでも守備のことでも、すごい気さくになんでも話してくれます。すごく支えてくれます」と語れば、明石コーチは「あのまんまよ。誰にでもあのままって感じ。入ってきた時からポテンシャルは高かった」と話す。その流れで、栗原の打撃を初めて見た時の印象を振り返った。
「入ってきた時から天才的。『あ、こいつ天才やな』って感じの選手でした」
野球日本代表「侍ジャパン」の一員として2021年東京五輪に出場し、金メダルを獲得した栗原は今季が9年目で、ここまでチームトップの4本塁打、18打点と主軸として奮闘している。明石コーチも現役時代は高い身体能力を生かしたプレーで「天才」と評されたが「クリはちょっと別かな」という。ここからは1人の打撃コーチとして、栗原の打撃を紐解いた。
「彼は右投げなのに、左投げってくらい左手の使い方が上手いんです。タイミングや考えとか、いいところがあるから、見たものに対してもコンタクトできたり、アプローチができる。それも自分の感覚やセンスなので。遠くに飛ばすことも含めてすごいと思います」
右投げ右打ちと左投左打ちの選手は、打撃において“後ろの手”が利き手となる。打球に対して最後の一押しができ、飛距離にも繋がっていくが、右投げ左打ちの選手はそうはいかない。利き手の右手が“前の手”になるだけに操作性が高いとされるのが一般論だが、栗原は左手の使い方が秀でていると明石コーチは解説する。
「近藤(健介)と一緒で、右肩が開かない。開かないし、間合いの中でも最後まできて、なおかつ左手の方が器用で使える。タイミングを取るのが上手いから、選球眼もいいしね」
打撃における自分だけの間合い。右肩が開かなければ、投球をしっかりと間合いまで呼び込むことができる。その間合いの中でも左手の操作性が高いのだから、栗原は打率も長打も必然的に増えると強調した。「ローボールもいけるし、ハイボールもいける。変化球もいけるでしょ」。とらえられる“ツボ”が多いことが栗原の最大の特徴だ。
明石コーチの称賛はまだまだ続く。「あと幅が広い。バットでも色々な出し方を持っている」。引き出しがたくさんあるからこそ可能にしているのが“偏差値の高い”打撃だ。頭の中を整理して打席に入っているから、栗原の打撃は進化し続けている。
「すごいはっきりしている。ここはファウルでいいとか、ケアしておかないといけないコースとか、ここは勝負にいくところとか。メリハリがすごい。(相手バッテリーが)“各駅停車”なら、それはそれで、四球でいいんじゃないですかっていう。僕が投手なら、どうせ打たれそうな確率があるなら四球でいいと思ってしまう。だから余裕があるよね。自分の考えもまとまっているし、体も若いから反応も使って打てる」
開幕序盤は活躍したものの、徐々に打撃面は下降線を描き、現在は打率.227と苦しんでいる。ただ、栗原の技術と能力ならすぐに持ち直してくれるはず。明石コーチも2軍からその姿を見守っている。