怪我をしたことも、チャンスを逃したことも悔しくて仕方がなかった。左足の中足骨を骨折し、3月末に久留米市内の病院で「左第5中足骨接合術」を受けてリハビリ中の仲田慶介外野手が、現在の心境を打ち明けた。
6日に退院し、7日から筑後のリハビリ組に合流した仲田。「結構やれることは多いんです、意外と。かかとには体重をかけてもいい状態なので」と退院直後で制限のある中でも精力的に体を動かしている。台の上に片膝をついた状態でティーバッティングを行い、トレーナーの指示の下で、ウエートトレーニングも行っているという。
入院中は身体を動かすことは当然出来なかったが、実直な仲田の頭から野球が離れることはなかった。「入院中は本を読んでいました。メンタルとか食事関係の本です」。野球にも生かせる本を読み漁った。離脱している時間も無駄にはしないようにと日々を過ごしてきた。
怪我から退院までのことを気丈に振り返ってくれたが、骨折が分かった時はさすがに心も折れかかった。「相当悔しいです」と言葉を強くしたのは、怪我と同時に大きなチャンスを逃したからだ。
オープン戦が始まる頃に肘に違和感を抱えていた。長期離脱にならないよう、2軍に同行しながら一部、別メニューで練習していた。実はこの頃、仲田には“1軍体験プラン”があった。オープン戦で強烈なインパクトを残した川村友斗外野手と共に1軍を経験するチャンスが与えられるはずだった。
だが、肘に不安があったため、“1軍体験”は見送られることになった。仲田がそのことを知ったのは、肘の痛みをトレーナーに報告した後。「言わんとけばよかった」。もちろん怪我をひた隠すことは良くないこと。それでも悔しさは込み上げた。
練習を制限したことで肘の痛みはそれほど時間がかからずに快方に向かった。すると、再びチャンスが巡ってきた。オープン戦終盤での“1軍昇格”が決まったのだ。ところが1軍合流の前日、調整のために出場することになった3軍戦で悪夢に襲われた。シートノック中に左足に痛みが走った。試合出場を取り止め、そのまま病院へ。検査の結果、骨折が判明した。
あまりにもショッキングなアクシデントだった。怪我ももちろんだが、2度も1軍を目の前にして切符を逃すことに。悔やんでも悔やみきれなかった。第5中足骨骨折はサッカー選手などに多い怪我で、足の外側に繰り返しストレスがかかって生じる疲労骨折。仲田が実際に痛めたのは、ジャンピングスローをした時だったが、これまでに蓄積されてきた負荷が原因だった。
薄くて動きやすいスパイクを愛用してきた。動きやすい反面、足にかかる負担は大きかった。試合中だけそのスパイクを使用するという選手は他にもいるが、仲田は動きやすさを優先し、練習でも試合でも同じスパイクを使ってきた。蓄積された負荷が1軍合流前日に“爆発”したのだった。
2度逃すことになった1軍の舞台に「経験したかったです。でもまだ早いってことなのかなって思いました」と思いを馳せる。今のままではまだまだ足りないと、更なるレベルアップを誓う。「悔しかった」という言葉を何度も繰り返した。実戦に復帰できるのは6月半ば頃の見込み。悔しさを糧に仲田はもっともっと強くなる。