自らに問う「なぜ投げるのか」 東浜巨が見つけた信念…68日のFA期間で振り返った“13年間”

東浜巨【写真:竹村岳】
東浜巨【写真:竹村岳】

◼心中激白「未練は一切ないですし、宣言したことに対しての後悔もない」

「未練は一切ないですし、宣言したことに対しての後悔もないです。そのおかげで見られるものもあったので、そういった意味ではいい時間だったと思っています」

 2月の宮崎市・生目の杜運動公園。温かな陽光が降り注ぐ中で東浜巨投手は静かに、しかし熱のこもった口調で語り始めた。国内フリーエージェント(FA)権を行使した末の残留。プロ野球選手としての矜持を胸に新たな一歩を踏み出した35歳が、14度目となる春季キャンプの地でその心中を明かした。

 第3クール2日目となったこの日、ブルペンで最も精力的に腕を振っていたのが、チームの投手最年長となる右腕だった。1球1球、指先の感触を確かめるように低めへ集め、小気味良いミット音を響かせる。その姿からは、ベテラン特有の調整というよりも、若手のような貪欲さが滲んでいた。

「ブルペンは4回目ですけど、しっかり球数自体は投げられている。僕はボールを投げて作っていくタイプですし、いまはちょうどこうやって投げ続けて、疲労が出てきているところなので。あんまり無理はし過ぎず、内容にも一喜一憂せず、やれることをしっかりやろうと思ってやっています」

 昨オフ、東浜は大きな決断を下した。FA権の行使である。他球団からの条件提示も含め、あらゆる選択肢を視野に入れて人生の岐路に立った。行使表明から68日が経過した1月中旬、最終的にホークス残留を決断。プロ14年目のシーズンも、慣れ親しんだ宮崎で始動することとなった。

 移籍か、残留か。人生の岐路に立たされた孤独な時間の果てに、右腕が見つけた「答え」は、単なるチームへの愛着だけでは語り尽くせないものだった。

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続きの内容は

悩み抜いた2か月間で見つめ直したプロ野球人生の「原点」とは
「まだ老ける年じゃない」35歳右腕が新たに見出した「楽しみ」
引退した和田毅氏の背中を見て確信した己の「可能性」

「もうここから本当に1年、1年だと思います。どれだけ積み重ねていけるか、まだまだそういう気持ちがある。もっともっと上手くなれるようにやっていきながらっていうのはあります」

 オフ期間は慌ただしい日々を送っていた。ただ、自身の去就が定まらぬ状況でも、2026年シーズンに向けた準備を止めるわけにはいかない。黙々と練習を重ねながら、己の胸中と向き合う日々。その過程で東浜は、絶対に手放してはならない信念と、人生で2度とない時期を過ごしたからこそ「新たな景色」に出会っていた。

◼「これまでを振り返る意味でも、足元を見つめ直す意味でもいい時間」

「どっちにしろパフォーマンスが上がらないことには、どこであっても勝負できないと思っていたので。(プレーする場所が)どうなろうが、そこだけはっていうところは最低限やってきました。どこかで(去就が)引っかかるところもあって、メンタル的には難しいオフでしたけど、やれることはできていました。12月頭から動き出してはいたので、むしろ例年のオフよりも時間的には練習をやれていると思います」

 どのユニホームを着ようとも、マウンドで結果を残すこと、そしてそのための準備を重ね続けることが投手の使命。東浜はその原点を見失わなかった。昨季はウエスタン・リーグで格の違いを見せつけながらも、1軍での登板機会になかなか恵まれないもどかしい時期を過ごした。その苦境でも腐ることなく貫いてきた姿勢でもあった。

 悩み抜いた2か月間は、自分自身と深く対話するかけがえのない時間にもなった。

「どこにモチベーションを持ってやるのかとか、なんで今ここでプロ野球選手としてプレーしているんだろう、とか、そういった思いになりましたね。1年目から今までやってきて、どういう心境で野球をやっていたんだろうかっていうのは見えたので、これまでを振り返る意味でも、足元を見つめ直す意味でもいい時間でした」

 センバツ優勝を果たした沖縄尚学高時代、そして1年春からエースとして君臨した亜大時代。アマチュア時代の記憶まで遡り、野球に取り組む純粋な情熱を再確認した。「なぜ投げるのか」。これまで振り返ることのなかった問いと向き合うことで、35歳にして新たな境地への扉が開いた。

 当然、このまま終わるつもりなど毛頭ない。2025年シーズンは7試合に登板し、4勝2敗。チーム事情により、好投しても登板間隔が2週間近く空く難しい調整を強いられることもあった。それでも、東浜の中には「まだやれる」という確固たる自信がある。

「まだ老ける年じゃないと、僕の中では思っていますし、そのために若い時からトレーニングを積んできている。それをしっかりとパフォーマンスとしてもっと出していけたら、もっとやりようはあるんじゃないかっていうのは常に考えながらやってきました。もっと技術的なところも磨いていきたいし、今まで自分がやってこなかったこともまだいっぱいあるじゃないですか。そういうものもやってみたいというか、そういう方に楽しみを覚えているところもあります」

◼「『またこのユニホームを着られて嬉しいです』という声を…」

 若手時代から練習の虫だった。現状に満足せず、常に試行錯誤を繰り返してきた積み重ねがあるからこそ、いまも150キロ前後の直球を投げ込み、脂の乗った後輩たちと対等に渡り合える。

「(若い時に練習を)もっとやりたかったですね。ただ、そういう風にどんどん積み重ねていかないことには、人間の体って年をとるにつれてパフォーマンス自体が落ちていく。そこに気づいてからはしっかり取り組めているので、基礎的なことをやっていて良かったと思う部分は多々あります」

 慌ただしいオフの中でも、新たな課題に着手した。「しっかりと可動域を出していって、リカバリーの方にも重きを置いて。トレーニングをやりっぱなしじゃなくて、そういうところも取り組んでいけたら、と。どれだけ波を少なくいい状態をキープできるかだと思う。その中でも状態を上げようとしていって(状態をキープするには)トントンくらいだと思うんで、そういうのをどんどんやっていきたいなと思っています」。

 その視線の先には、偉大な先達の背中がある。「いいモデルケースの方がいて、10年くらい近くでユニホームを着て見てきたんで、そこで自分にプラスになっている部分が多い。財産だなと思いますね」。昨季限りで現役を引退した和田毅氏だ。43歳まで現役を全うし、41歳で自己最速を更新したレジェンド。2016年のホークス復帰から2024年の引退まで、その進化を間近で目撃してきたからこそ、自分自身の可能性も信じることができる。

 祝日のこの日、練習後の東浜のもとには多くのファンが駆け寄った。色紙にペンを走らせる背番号16には、温かい言葉が次々と投げかけられた。

「ありがたいことによく声をかけていただいてますし、僕のユニホームを持っている人も多いですしね。『残ってくれてありがとう』『またこのユニホームを着れて嬉しいです』という声を多くかけていただいてありがたいですね」

 ホークス残留を後押ししてくれたファンのためにも――。東浜巨が再び1軍のマウンドで輝く姿を、誰もが待ち望んでいる。

(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)