A組でも際立つ“強振”
いよいよ中盤に差し掛かる春季キャンプ。メーン球場で快音を響かせる井上朋也内野手の姿に、思わず目を見張った。1月初旬の自主トレで見たスイングとは“熱量”が明らかに違う。力強く振り抜いた打球の軌道からは、かつての迷いの影は微塵もなかった。
「(戦える)手応えはあります」。昨季は1軍で8試合の出場に留まり、打率.125。将来の主軸候補として期待される井上だが、昨季も本塁打を放つことができなかった。そんな中で迎えた今春のキャンプでは、長打しか狙っていないような豪快なスイングを繰り返す姿が印象的だ。まさに殻を破ろうとしている23歳の心境にどのような変化があったのか――。そこには誰よりも井上に期待する「1人の苦労人」の存在があった。
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続きの内容は
井上の心を揺さぶった「愛のある一言」
迷いを断ち切り掴んだ、確固たる「覚悟」の中身とは
城所コーチが最後に井上に託した、熱すぎる「指令」
厳しくも井上の心に響いた言葉
「ゴリ(井上の愛称)、来年も野球ができると思っているんじゃないの? 明日野球ができなくなったら、どうする?」
変化の起点は、城所龍磨2軍外野守備走塁コーチが昨シーズン中に投げかけた、重くもあり愛のある言葉だった。井上の姿を見て、言いようのない“モヤモヤ”を感じていたという。「僕には覚悟が決まっていない感じに見えたので。『来年できないと思えたら、今やるやろ』という話をずっとしました」と当時のやり取りを振り返る。
城所コーチ自身、決して順風満帆な現役生活ではなかった。2軍での長い下積みを経たからこそ、1軍で居場所を掴み取るまでの苦労を誰よりも知っている。「吹っ切れてほしいなと思います。こんな僕の言葉で変わるかは分からないですけど、何かのきっかけになれば。僕も苦労した方だったんで」。期待の若手が現状に甘んじている姿を放っておけなかった。
「人間って、自分だけのためには頑張りきれない。誰かのために、家族のために頑張る力の方が強い。僕は結婚して子どもができてから、ようやくその“覚悟”の意味がわかった。それからは『あした野球ができなくなっても後悔しないような1日を過ごす』という取り組みに変わったんです。言い訳も減りましたし、そういうふうに変わっていってくれたら。僕が言っても響くかどうかわかんないですし、響いてもそれが良くなるかわからないですけど……」
スイングを交えて語った現状
城所コーチの言葉は、井上の胸に深く突き刺さった。三塁の定位置争い、年代の近い選手の活躍、将来への不安……。それらのすべてを“今年が最後”という覚悟で飲み込んだ時、井上の心境に変化が起こった。体から余計な力や雑念が消え、目の前のスイングだけに集中できるようになった。
「迷わずできています。前まではずっと迷ってやっていました。今でも良くない時もあったりするんですけど、変に迷い込むのではなくて、自分がやろうって決めたことだけに集中してやれている気がします」。スイングの動作を交えながら、晴れやかな表情で現状を明かす23歳。第1クールでは芯で捉えることだけに集中していたが、第2クールからは自然と打球に角度がつき始めた。
理想と現実のギャップに苦しむ時期は終わった。若さが持つ“特権”は、何度でもやり直せることではなく、死に物狂いで今を生きる熱量を持てることだ。井上は今、自らの手でその熱に火をつけた。
最後に城所コーチはいたずらっぽくこう付け加えた。「今年はいい顔してやっていたので、吹っ切れてほしいです。ゴリに伝えておいてください。『絶対こっち(2軍)に来るなよ。お前に構ってる時間は俺にはないぞ』って」。言葉の裏にある大きな期待――。激戦の定位置争いへ、覚悟を決めた男が飛び込んでいく。
(飯田航平 / Kohei Iida)