11月5日に腰の手術…タマスタ筑後で新年始動
プロ19年目のシーズンは、リハビリ組からスタートすることになった。中村晃外野手が7日、タマスタ筑後でトレーニングを行った。軽いキャッチボールやティー打撃で汗を流し、ルーキーたちから挨拶されるシーンもあった。「自分の若い時を思い出しながら、刺激にしてやれたらいいなと思います」。取材で明かしたのは、偽りのない腰の状態だった。
2025年は116試合に出場して打率.240、3本塁打、34打点。89安打を記録。小久保裕紀監督からも「晃がいたから優勝できた」と、その存在感を最大限に評価された。11月5日に「右第3/4腰椎椎間板ヘルニアにともなう経椎間孔的全内視鏡下椎間板切除術(TF-FED法)」を受けたことが発表され、黙々とオフシーズンを過ごしてきた。
契約更改に臨んだのは、昨年の12月5日。腰の手術から1か月が経ち「自分が思っているよりは(リハビリの進捗が)ちょっと遅いです」と状態を明かしていた。年が明け、あらためて現状について口を開いた。焦り、不安、今後――。さまざまな感情が滲む言葉だった。
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続きの内容は
中村晃が明かす、壮絶だった腰の状態
耐えてきた長年の痛み…具体的な今後の見通し
「この世界は甘くない」リハビリの焦りと開幕への本音
「『絶対』と思わない方が気持ち的には楽かなと」
「遅れているのは遅れていると思いますよ。最初は痛みがすごく強かったので。トレーナーの人に聞いても『高いレベルの状態』だったと言っていました。できていることが少ないし、もちろん焦る気持ちもあるんですけど、そこは自分でコントロールしながらやれたらなと思います」
レベルが高い――。その意味を「ヘルニアの上位レベルということです。歩き方だとか、手術前は歩けてもいなかったので。(術後の進捗も)甘くはないという感じです」と語った。今後についても「落ちている筋肉を戻さないといけない。急に(ペースを)上げてしまうと怪我もするし、難しいところ。開幕は目指しますけど、『絶対にそこ』だと思わない方が気持ち的には楽かなと思います」。大切なのは慎重な姿勢。柔軟に目標を変えながら、開幕に向かって進んでいくつもりだ。
手術に踏み切った明確なきっかけは、日本ハムとのクライマックスシリーズで審判と衝突してしまったこと。「でも、慢性的なものはずっとあったので。『腰痛いな』と思いながらプレーはしていたし、そういうのも関係していたのかなと」。数年に渡って抱えていた痛みにも耐えながら、チームに貢献してきた。今季がプロ19年目のシーズン。1度、身体を“リフレッシュ”する機会を得たことは間違いない。
貴重なオフシーズン…「10年ぶり」のリハビリ組
11月から3か月以上をリハビリに費やすことになった。オフをリハビリ組で過ごすのは「10年ぶりとかだと思います」という。S組に選出され、首脳陣からも調整を一任されてはいるものの、2月のキャンプインも少しずつ迫ってきた。この時期の過ごし方が貴重だとわかっているからこそ、本音も漏れた。
「12月、1月で何もできていないのは、選手としては結構痛いと思いますよ。そこで筋肉を上積みさせてから技術練習に入っていきたいので。それも含めて、遅れているのかなと。ほぼ何もできていないので。そんなにこの世界は甘くはないですし、どこかでちゃんと強化する期間は作らないといけないかなと思いますね」
例年のようにしっかりと身体を作り上げてから戦いに飛び込むのではなく、今年ならではのシーズンインになる。「もちろんスタメンで出られるのが一番いいですし、そういう状態に持っていかないといけない。どういう起用というよりは、まずは戻すことに集中したいです」。足元を見つめる姿勢は変わらない。中村晃の2026年が、静かに始まった。
(竹村岳 / Gaku Takemura)