
4月29日の日本ハム戦…水野にソロを許して2敗目
ホークスは2年連続のリーグ優勝を飾りました。鷹フルでは主力選手はもちろん、若手やスタッフにもスポットライトを当てながら今シーズンを振り返っていきます。杉山一樹投手が明かしたのは、バッテリーを組む海野隆司捕手との“大ゲンカ”――。苦しかった春先から、胴上げの瞬間まで。ぶつかり、深めあった2人の絆に迫ります。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ミーティングルームに、怒声が響き渡った。「お前、3回目やぞ!」。今シーズン途中から守護神として君臨した杉山と、捕手として大きな成長を遂げた海野。歓喜の瞬間に辿り着くまで、2人は何度も腹を割ってぶつかった。そんな中で、右腕がどうしても許せない言葉があった。
7年目を迎えた今季、杉山はチームトップの64試合に登板。30セーブを挙げ、初タイトルを狙える状況だ。大きな飛躍を遂げた2025年シーズンだったが、春先はチーム状況と重なるように杉山も苦しい船出を強いられた。5月までに3度のリリーフ失敗。その全てでバッテリーを組んでいたのが海野だった。4月29日の日本ハム戦(みずほPayPayドーム)、延長10回に登板し、水野に決勝弾を浴びて2敗目を喫すると、海野をミーティングルームに呼び出した。
会員になると続きをご覧いただけます
続きの内容は
・杉山が許せなかった海野の「一言」とは
・90分間の激論後、2人が交わした「約束」
・杉山が海野を「抱っこしたい」理由
伴元裕コーチにも事前に相談…授けてくれた“助言”
3月29日のロッテ戦、4月22日のオリックス戦、そして水野に打たれた日本ハム戦。3度の失敗に共通していたのは、事前の打ち合わせとは違ったサインを海野が出してきたことだ。「僕もブルペンで映像を見ながらシミュレーションするじゃないですか。あの時(日本ハム戦)も『じゃあこう攻めよう』っていう話はしていたんです。迷ってサインを出されても、僕も怖いし。『お前が腹を括ってくれたら、俺はもっと括れるから』って伝えました」。およそ90分にわたって、お互いの意見をぶつけ合った。
捕手として、徹底的に準備をしているのは当然知っている。だからこそ、海野の口から「ごめん」という言葉が出てきたことだけは許せなかった。結果で応えられなかったとしても、プロとして胸を張ってほしかった。
「海野に謝られたんです。でも『ごめん』って、キャッチャーから出てくる言葉じゃないと思うんですよね。出るとしたら僕らの投げミスだとか、リードに添えなかったピッチャーの技術不足だと思います。あいつの『ごめん』は絶対にない。バッターの雰囲気とか海野の方が感じられると思うし。『そこはもう腹を括ってくれ』『ミーティングと違うサインでいくなら、覚悟を決めて出してくれ』っていうのはありました。僕も嫌だったら首を振るし。違うことをすると、お互いに後悔が残ってしまうので」
海野隆司から“変化”を感じたのは5月5日の西武戦
厳しく聞こえる言葉だが、根底にあったのは海野に対する信頼そのものだ。「どんな状況になっても、結局海野が引っ張っていくしかないんです。僕らは経験も浅いですけど、この世代で頑張っていきたいので」。怒りに身を任せて感情的になるのは、お互いにとってプラスにならない。どう伝えるべきか――。事前に相談した伴元裕メンタルパフォーマンスコーチからは「第3者も呼ぼう」との助言をもらった。高谷裕亮バッテリーコーチや裏方さん数人にも立ち会ってもらうなど、客観的な視点も忘れなかった。
90分の話し合いを終えて、ミーティングルームを飛び出した。試合終了から2時間が過ぎ、時刻は午後11時になろうとしていた。球場を去る直前に、杉山と海野は再び顔を合わせた。ポツリと漏らしたのは「優勝したいよな」。当時のチーム状況は9勝14敗2分け。どれだけ苦しくても、歓喜への“渇望”だけは抱き続けた。「腹を括る」――。それが2人の“合言葉”になった。
海野の変化を感じたのは、5月5日の西武戦(ベルーナドーム)だ。「あの日本ハム戦の後、3回目の登板でした」。2点リードの8回2死一、三塁で中村剛也を打席に迎える。フルカウントからのラストボールは、155キロの直球だった。「絶対フォークだと思ったんですけど、(海野に)『どんな気持ちでサイン出した?』って聞いたら『腹を括って真っすぐで三振を取りたかった』と言っていたので、僕はそこに感動しました」。苦しい戦いの中でも、“相棒”は確かに変わろうとしている――。弱さを受け入れ、前を向く姿に胸を打たれた。
6月からは守護神となり、何度も“勝利の瞬間”をともにした。試合の終盤になれば、ブルペンで準備を始める右腕。「8回とかに海野が打ち合わせに来るじゃないですか。もう本当に死にそうな顔をしているんですよ。『やるか、やられるか。どうせなら勝とうぜ』って」。1997年世代の同学年で、ロッカーも隣同士。タブレット端末を見ながら、データを頭に入れようとする海野の姿を何度も目にした。「苦しんでいたと思いますよ。だから独りにはしたくなかったですね」。勝敗を背負う重圧は分かち合ってきた。修羅場を乗り越えるたびに、2人の絆は固くなった。
1つずつマジックを減らし、リーグ連覇が見えてきたころ。杉山がこう語っていた。「野手の皆さんもそうですけど、ここまで投げられたのは海野のおかげ。優勝の瞬間によくピッチャーとキャッチャーが抱きつくじゃないですか。僕は海野を抱っこしたいです。一番苦しんで優勝に貢献したと思うので」。ベルーナドームで生まれた歓喜の輪の中心。“衝突”を乗り越えて、最高の笑顔で2人は抱き合った。
(竹村岳 / Gaku Takemura)