今宮の離脱を受け、5月以降はレギュラーに定着
主力の相次ぐ離脱に悩まされている今季のホークス。そんな危機的状況を救う活躍を見せているのが野村勇内野手だ。4月30日の日本ハム戦で右腕に死球を受け、戦列を離れた今宮健太内野手に代わって遊撃のレギュラーに定着。7月9日のオリックス戦では相手エースの宮城大弥投手から決勝タイムリーを放つなど、ここまで今宮の穴を埋める活躍を見せている。
打率こそ2割5分前後を行き来する野村だが、データ分析の観点から見ると、“穴を埋める”というレベルの選手ではない。もしかすると侍ジャパン入りも期待できるような、稀有な能力の持ち主なのだ。
野村の何がすごいのか。ご存知の人も多いだろうが、それは打力だ。ここまでパ・リーグの平均打率が.242の中、野村は.258。規定打席にこそ到達していないものの、投高打低の傾向が強い現在のNPBでは平均以上の数字である(データはすべて2025年7月13日終了時点)。
ただ、打率だけでは野村の魅力を捉えきれない。最大の魅力はなんといっても長打力だ。野村は174cmと小柄な体格ながら、打席では長距離打者顔負けのフルスイングを見せる。今季ここまで8本塁打は山川穂高内野手についでチーム2位。近藤健介外野手や柳田悠岐外野手、栗原陵矢内野手といった長打のある打者がシーズン序盤に次々と離脱したホークスにとって、貴重な得点源になっている。ルーキーイヤーの2022年には、わずか203打席で10本塁打を記録したパワーがここにきて戻ってきている。うまくいけばシーズン20本塁打も狙えそうだ。
パワーも含めた総合的な打力で見た場合、野村は球界全体でどのような位置にあるのだろうか。データ分析の観点で見ると、野球の得点は「出塁」と「長打」の掛け算で生まれることがわかっている。「出塁率」を縦軸、「長打率」を横軸に置いた散布図で、今季のNPBにおける打力を表現したものが以下の散布図だ。上に向かうほど出塁率が高く、右に向かうほど長打率が高い打者であることを示している。より右上に向かうほど優秀な打者と考えてもらえればよい。
柳町、佐藤輝が突出…野村も高水準
散布図を見ると、明らかに傑出した2点のプロットがある。上方向に突き出ているのがホークスの柳町達外野手、右方向に突き出ているのが阪神の佐藤輝明内野手だ。柳町はやや調子を落としているが、依然として.417と高い出塁率を記録。佐藤輝は今季すでに24本塁打を記録しており、長打率は.598。彼らがそれぞれの分野で完全に頭一つ抜けている状態にある。
そんな散布図の中、赤いプロットで示されているのが野村だ。野村の出塁率は.308、長打率は.430。出塁率こそ平凡ではあるものの、長打率はかなり右方向に位置している様子がわかる。野村の長打力はNPB全体で見ても屈指のものがあるのだ。オレンジで示した他のホークス選手と比べてもかなり右上に位置しており、野村の打撃貢献度の高さがわかるだろう。
ここまでのデータを見ても、冒頭で説明した侍ジャパンを狙えるというほど突出した成績には感じないはずだ。野村の出塁率、長打率はたしかに悪くない。しかし野村以上に優れた打者はNPBに数多くいる。
にもかかわらず、それほど優れていると言えるのはなぜか。それを読み解くカギが“ポジション”である。普段、打率や本塁打のランキングを眺める際に、その選手の守備位置を意識することは少ないだろう。しかし、実は打撃の優劣を考える場合にも、このポジションが極めて重要なのだ。
例えば守備の名手・今宮健太内野手が一塁を守っている姿は想像できない。しかし彼ほどの守備力を持つ選手であれば、プロレベルでも一塁を平均以上に守ることはできるはずだ。一方で、大柄な山川が遊撃をプロレベルで守ることは難しいだろう。これらを総合すると、一塁を務められる選手の確保は容易だが、遊撃を務められる選手の確保は非常に難しいと考えることができる。このように、野球はポジションによって“希少性”が異なるのだ。
打撃の優劣を考えるうえで重要なポジションの概念
特に遊撃はプロの中でも守ることができるのはほんの一握り。アマチュアで名手と評価された遊撃手が、プロに入って二塁や三塁、外野にコンバートされる例は少なくない。プロの遊撃を守るのは、それほど高い技術を要するのだ。ゆえに、遊撃手の多くは打力よりも守備力が優先される。それゆえにスラッガー級の遊撃手が登場したとき、他球団に極めて大きな差をつけることができるのだ。
そして野村はまさにそれに当てはまる選手だ。前述したような高い打力をもちながら、希少性の高い遊撃を守ることができる。さきほどの散布図で、遊撃手を青色のプロットに変えたのが以下の図だ【1】。これを見ると優れた打力をもつ右上の領域に、青色の点がほとんどないことがわかる。やはり遊撃を守りながら高い打力を兼ね備えることは難しいのだ。
青のプロットが多く集まっているのは、やはり左下である。具体名を挙げると、木浪聖也(阪神)、村松開人(中日)、宗山塁(楽天)。昨季、三井ゴールデン・グラブ賞を受賞した両リーグの名手・矢野雅哉(広島)、源田壮亮(西武)もグラフ左下にプロットされている。今季の遊撃手で野村と張り合う打力を見せているのは、水野達稀(日本ハム)のみと言っていい。野村はここ最近やや調子を落としているが、それでも今季の遊撃手では最高レベルの打力を見せていると言っても過言ではない。
また今季の野村が射程圏内に捉えている20本塁打を狙える遊撃手は極めて稀有だ。2011年以降のNPBでシーズン20本塁打を放った遊撃手は、なんと坂本勇人(巨人)ただ1人。投高打低の今シーズン、そこに手を伸ばそうとしているのが今季の野村なのだ。
スラッガー級の長打力を備えた遊撃手はNPBの歴史でも数えられる程度しかいない。1990年代の池山隆寛(当時ヤクルト)、野村謙二郎(当時広島)、2000年代の松井稼頭央(当時西武)、中島裕之(当時西武)、2010年代の坂本。しかし2020年代に入り、ここまではそれに該当する遊撃手はいない。野村はその筆頭候補だ。もし20本塁打を放つことができれば、この華々しいスターたちの系譜に名を連ねることになる。
【1】今季打席に立ったときのポジションを集計し、遊撃での出場が最多の選手を遊撃手としている
DELTA http://deltagraphs.co.jp/
2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する「1.02 Essence of Baseball」の運営、メールマガジン「1.02 Weekly Report」などを通じ野球界への提言を行っている。(https://1point02.jp/)も運営する。