和田毅は「7回が終わった時点で交代するものだと思っていました」
監督・王貞治は太い木の幹のように、ベンチの中で身動きひとつ取らなかった。鋭い眼光の先には、懸命に腕を振るルーキーの姿があった。2003年シーズンのラスト、それも大詰めの大一番だった。3勝3敗で迎えた阪神との日本シリーズ第7戦。今でも語り継がれる伝説のシーンだ。
鷹フル「和田毅引退試合特設ページ」
和田毅投手の引退を記念し、鷹フルは3月14日~16日の3日間「WaDa-Full」に。王貞治氏や松坂大輔氏らが語る特別企画「和田毅の記憶」、ホークス現役選手74人のメッセージを公開。「和田毅引退試合特設ページ」はこちらから。続きを読む
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試合は8回を終えてホークスの5点リード。1999年以来、4年ぶりとなる日本一は眼前に迫っていた。先発の和田毅投手は8回まで投げて1失点。プロ1年目ながら、頂上決戦で重責を見事に全うしていた。左腕は当時をこう振り返る。
「7回が終わった時点で交代するものだと思っていました。そしたら『8回もいけ』と言われて。これで終わりだと思ったら、『9回もいけ』でしたから……。ルーキーが日本シリーズで完投して、胴上げ投手になるなんて想像もしていなかったですね」
和田の思いを知る由もなく、王監督の“信念”は固まっていた。「継投なんて全く考えなかったね」。試合展開を考えれば、勝利をより盤石なものとするためにリリーフ陣を投入してもいいシーンではあった。なぜ和田に最終回のマウンドを任せたのか。22年の時を経て、真実が明かされた。
「今は(リリーフという)専門職がいるけど、我々はいいピッチャーが最後まで投げ切るんだという時代に生きた人間だからね。だから投手を代えて未知の世界に入るよりは、いいピッチャーをそのまま投げさせた方がいい。交代なんて全く考えなかったね」
先発完投が当たり前の時代だった昭和のプロ野球で生きた王監督ならではの“美学”。決断の理由として十分に納得できる答えではあったが、同時に1つの仮説が浮かんだ。「1年目からこの舞台を経験させることで、今後の成長を加速させる意図もあったのではないか」――。覚悟を持って尋ねると、ピシャリと言い切られた。
「いやいや、その時はとにかく目の前の試合を勝つことしか考えていないんだよ。先のことなんか全然考えていない。そういう世界じゃないんだよ。例えば試合が終わった後に『あの時の経験がよかったんだろうな』っていうことはあるけど、ああいう時にそんなことは全然考えない。その試合を勝つことに精一杯努力すれば、監督も選手もそこから成長できるものがあるんだよね」
誰よりも勝負にこだわる王監督が選んだ“最善手”は、勝利以外の要素が入り込む余地は一切なかった。自分の質問が的外れだったことを感じつつ、勝負師としての顔に背筋が伸びる思いがした。
王監督から王会長へと立場が変わり、ルーキーだった和田毅はユニホームを脱いで「和田毅さん」となった。それだけの時間が過ぎた。左腕から現役引退の報告を受けた王会長が掛けた言葉は、たった一言だったという。
「彼の年齢までやったら、自分なりに限界っていうのがわかるんだよ。俺たちもそうだった。もう引き時だなとか、そういうのをね。これはもう、自分で決めることだから。人が決めることじゃないからね。彼が自分で決めて、球団にそういう意思を表明したわけだから。『ご苦労さん』って言う以外にはないんだよ」
今後は22年間のプロ野球人生で培ってきた経験を還元してくれることを期待する。「アメリカでもチャレンジして、また帰ってきてもホークスでやってくれてね。彼の経験っていうのはすごく球団にとっても財産だし、これから角度の違うところで勉強してくれれば」。“第2の人生”に向かう教え子の背中を押す。監督時代の鋭い眼光は、柔らかなにまなざしに変わっていた。
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(長濱幸治 / Kouji Nagahama)