3月15日の日本ハム戦が引退試合…「140キロとかは無理です」
正真正銘、最後の瞬間が近づいている。11日、みずほPayPayドームを静かに訪れたのは、和田毅球団統括本部付アドバイザーだ。グラウンドに姿を見せたのは昼過ぎ。引退試合まで残り4日。今の胸中を明かしていると、柳田悠岐外野手の話題に及んだ。「やめる」と口にする姿を、たびたび目にするギータ。「すごい覚悟を持っている」と、和田氏だから理解できる思いを打ち明けた。
15日の日本ハム戦は、自身の引退試合。小久保裕紀監督も「打者1人」と予定を明かした。「山なりの球は投げられないですよね。スピードが出ないにしても、試合っぽい形にはしたい。全く練習せずに(当日に臨む)とは考えていなかったです」と汗を拭う。2月に44歳を迎えたが、22年間、プロとして戦った鉄腕。最速は149キロだが「皆さん、140キロとか期待しているかもしれないですけど、それは無理です。120キロくらいは出せたら」と笑顔で話した。
現役引退が発表されたのは、昨年11月5日だった。シーズン中に「引退試合」という場を設けなかったのも「僕は真剣勝負の中で生きてきた。日本一を目指す中で“和田さんのために”となるのも、僕は違うと思った」という自分なりの美学だった。日米通算で355試合に登板し165勝94敗。最後のマウンドが刻一刻と近づいてくる中、どんな胸中なのか。やっぱり和田氏は「あの時、引退試合をしなくてよかった」と清々しく語る。
「これだけ間(あいだ)を開けてもらっても、15日のチケットもないみたいなので。オープン戦とはいえ、たくさんの人に見届けてもらえるのはありがたいです。オープン戦だからバッターの通算成績にも残らないし、自分としてもこの場を選んでよかった。全く悔いはありません。もう引退から4か月くらい経ちますけど、現役を続けておけばよかったという気持ちが微塵もない。やっぱり俺の決断は正しかった、よかったんだなと思っています」
自分の軌跡を振り返っても、美学はしっかりと貫けた。左肩痛に悩み、2018年は1軍登板なし。翌2019年からは、常にユニホームを脱ぐ覚悟で戦ってきた。「周りから『契約が難しい』と言われてやめたわけじゃない。自分で『やめます』と言えたし、やめる時はスパッとやめようと思っていたので、そういう決断ができました」。マウンドを離れ、4か月が経った。今も後悔がないと胸を張れるのは、目の前の瞬間を全力で生きてきたからだ。
「いつやめてもおかしくない、常にそういう気持ちで投げていたし、晩年の選手の気持ちも今だからすごくわかる。だからこそ、1日1日を大切に過ごせたし、全力でやれた。悔いはないし、何も後悔がないです。引退試合のためにという思いはありますけど、野球をやりたい、投げたい気持ちは起きない。だから、1人の選手としてはやり切れたんだと思います」
“引き際”について言葉を交わしていると、和田氏の方から自然と名前を挙げたのが、柳田だった。今年からチーム最年長となり、2020年から結んだ7年契約も残り2年。1月の自主トレ公開でも「あとちょっとしか野球やらないと思うので」と明言していた。先にユニホームを脱いだ左腕は「ギーもね、あんなふうにほのめかしているけど……」と口を開く。背景にあるのは、壮絶な覚悟だと推察した。
「それくらいの気持ちでやっていかないと。年齢や体、気持ち的にもしんどくなっているのは当たり前ですから。今だからこそ柳田のそういう気持ちもわかる。やめてほしくないし、まだまだやれるとは僕も思っていますけどね。でも(引退を見据えるという)そういう気持ちを持ち続けるからこそ、さらにその先が見えてくると思う」
プロ野球は、契約の世界。必要とされる選手が生き残っていく一方で、実績を重ねてきたベテランにとって「もう1年、現役を続ける」とサインするのは、強い気持ちが必要だ。和田氏も「本当にその通り。治療も毎日しないといけないし、家族に負担もかけるから」という。だからこそ「7年契約は、すごい覚悟を持っていたんじゃないかな。それくらいのものを持って取り組むっていう責任の表れだし、そういうことを言えるのはさすが」と尊敬の念を抱く。“引退”への思いを隠さなくなってきたのは、柳田なりの覚悟――。同じ道を先に進んだ和田氏だからこそ、理解できる思いだった。
「僕も毎年、オフシーズンに『よし、今年も始めるぞ』と。スタートを切る時の覚悟はあるし、それは生半可な気持ちじゃできない。年齢があがれば衰える、維持するのがどれだけ大変なのか、自分ではわかっていたから。僕の場合は来年(2025年)、自分のパフォーマンスが出せないと思ったし、若い子が出てくる姿を見て『これは……』と思った。膝とか肩、首、体の状態も良くなくて、もうやめる時だなと。十分できたし、むしろ40歳を過ぎてからよく3年もできたなっていう方が僕は強いですね」
3月15日、和田氏にとって“最後のマウンド”。「実は鍼も打ったりして、1月や2月はどうなるかなとは思っていたんですけど、今120キロくらいは出そうな雰囲気になってきた。始球式ではなくて、試合みたいな形にはできると思います」とニコッと笑う。左腕が貫いてきた美学を、必ず目に焼き付けたい。その姿はきっと、誰よりも美しい。
(竹村岳 / Gaku Takemura)