涙を乗り越え…尾形崇斗が遂げた“激変” きっかけは牧田コーチの助言、マウンドで呟く言葉

ソフトバンク・尾形崇斗【写真:竹村岳】
ソフトバンク・尾形崇斗【写真:竹村岳】

プロ7年目で日本シリーズ初登板…敵地の大歓声にも「素晴らしい景色」

 大舞台でも、マウンドで呟く言葉は同じだった。「無心」。自身の球だけに集中して、役割を果たしてみせた。ソフトバンクの尾形崇斗投手は、なぜこんなにも短期間で成長することができているのか。

 27日に横浜スタジアムで行われた「SMBC日本シリーズ2024」の第2戦。ソフトバンクはDeNAに6-3で勝利し、2連勝を飾った。4点リードで迎えた7回2死一、二塁の場面。敵地の歓声がさらに大きくなった状況で、先発のリバン・モイネロ投手からバトンを受けたのが尾形だった。

 まず相対したのは、今季セ・リーグ4位タイの23本塁打を放った牧だった。真っすぐ2球で追い込み、外角のスライダーで揺さぶったものの、最後は内角への直球を左翼線に運ばれる適時二塁打を許した。続く打者は4番の筒香。ここも直球でグイグイと押し、最後はスライダーで遊ゴロに仕留めた。「素晴らしいタレントが多いDeNAの中でも中心となるような2人の打者でしたが、自分のできることをやろうと思って、いつもと同じマインドセットでマウンドに上がりました」と平常心を貫き、リードを保ったまま後続につないだ。

 福島・学法石川高から2017年育成ドラフト1位で入団した尾形。2020年3月に支配下登録されたものの、なかなか1軍に定着できずにいた。今年も3月にコンディション不良で出遅れると、1軍に昇格したのは7月12日だった。8月7日のロッテ戦(ZOZOマリン)で2失点を喫すると、涙を流しながら球場を後にした。翌8日に登録抹消。またしても1軍の舞台で自分の力を発揮できなかったことが悔しかった。

 再昇格したのが9月6日。以降は9試合に登板して防御率0.00と結果を残したまま、レギュラーシーズンを終えた。小久保裕紀監督も「終盤は尾形(崇斗)が非常に良くなってきました」と名前を挙げるほど、見違えた姿を示した。右腕が好調の要因の1つに挙げたのは、牧田和久3軍ファームコーチの助言だった。8月に登録抹消されていた期間の出来事を振り返った。

「いろんな人の話を聞いたんです。牧田コーチからのアドバイスは『俺は無で投げている』と。無ってどういうことかなと考えて。自分でも『(ストライク)ゾーンに投げられれば勝負できるのに』と思っていたんです。自分は心と脳が一致していなかった。心が『いける』と思っていても、脳が『いけない』と思っていた。余計に制御がかかって、引っかかるボールが増えていました。練習ではゾーンに入るんですけど……。そこを一致させるためにはどうすれば良いのか、ということに着目しました」

 150キロ後半を記録する尾形の直球。磨き上げてきた体と技術には自信を抱いていたが、知らず知らずの間に「今までは自分でいけると思って投げていても脳が怖いと判断して、それがリリースする時にズレを生んでいた」という。「その制御を取っ払うためにはどうしたらいいのか、ひたすら考えました」。きっかけを与えてくれたのが牧田コーチだった。メンタル面で未知の領域に踏み出したことで、パフォーマンスが安定するようになった。

「マウンドで無になること。悪いボールが行ったとしても、いいボールが行ったとしても一喜一憂しない。審判の判定がどうとか、バッターに対しても『怖いな』とか、『抑えられるかな』とかを思うこともなく。脳の制御を取っ払って、ひたすら無になること。そうなれば、脳も体も怖さを覚えることはない。いけると思えば、自然と自分のスキルが出てくる。練習でやっていることが試合でそのまま発揮される形に、今は持っていくことができています」

 本来の能力が試合で発揮されるようになると、自然と結果はついてきた。マウンドで呟く言葉は「無心」。「言おうと思って言っているわけではない」と明かした上で、「心は無でいようと思って、無心という言葉がいいなと思いました。自分のキーフレーズというか、それが無になるためにトリガー。やろうと思ったというよりも、マウンドで勝手になっていました」。気がつけば、言葉にして何度も唱えていた。今ではマウンドで強くあるために、自分自身にかける“魔法”だ。

 苦難を乗り越えて、日本シリーズでも送り出してもらえるほどに信頼を積み上げた。青に染まった横浜スタジアム。敵地の応援が鳴り響く中で、マウンドに向かった。「実際に投げている時は応援の声は全く聞こえなかったのですが、走ってマウンドに向かっている時は、素晴らしい景色と声援がありました」。大舞台の中でも緊張感と余裕を感じられていた。

「このシリーズでは相手打線の連打がかなり多い印象だったので、1人1人集中して投げることができました。マウンドでも無になることができていて、牧選手にああいう素晴らしい打撃をされましたが、(敵地が)すごく盛り上がってる中でもマインドがブレずに、次の筒香選手を上手く打ち取れたことができました。チームが勝てたことが1番なので、その一員に加わることができてよかったです」

 移動日の28日、取材に応じた声は力強かった。「マインドセットに人生で初めて手をつけたのが8月後半。自分は触れたばかりですし、まだまだ伸び代はあるんじゃないかなと思います」。悔し涙は、もう絶対に流さない。

(竹村岳 / Gaku Takemura)