有原航平の14勝を導いた甲斐拓也の“操縦術” 積み重ねた2678球に「僕は胸を張れます」

お立ち台に立つソフトバンク・有原航平(左)と甲斐拓也【写真:荒川祐史】
お立ち台に立つソフトバンク・有原航平(左)と甲斐拓也【写真:荒川祐史】

ほっとした表情で小さくガッツポーズをした甲斐「もちろんです」

 マウンド上で大きな雄たけびを上げたエースと、ほっとした表情で小さく右手を握った正捕手――。2人の関係性がよく分かるコントラストだった。

 3日の楽天戦(みずほPayPayドーム)。ハーラートップに並ぶ14勝目をかけ、先発マウンドに上がったのは有原航平投手だった。6回に2点を失って同点とされたが、直後に味方が1点を勝ち越し。7回を115球、2失点で投げ切った右腕は今季最終登板で白星をつかみ、最多勝のタイトル獲得に望みをつないだ。

 7回2死一塁。小深田を平凡な中飛に打ち取ると、そのアウトの重みをかみしめるかのように小さくガッツポーズを見せたのが、マスクをかぶった甲斐拓也捕手だった。今季、有原が投げ込んだ全2678球をミットで受け止めてきた男は、試合後いつになく笑みを浮かべていた。握った拳に気持ちが見えた――。そう問いかけると「もちろんです」とうなずき、こう続けた。

「勝ちたいし、勝たせたいという気持ちは常にありますし、先発投手に勝ち星をつけてあげたいと思うのがキャッチャーなので。追いつかれて、すぐに勝ち越してくれて。じゃあ、この1点を何とか(守りたい)というところだったので。しっかり守れたのはよかったなと思いますね。有原が本当にいつも通りのピッチングをしてくれたことに尽きます」

 自身2度目の最多勝がかかったマウンドでも、有原の姿は変わらなかったという。今季26度の登板全てでバッテリーを組み、白星を積み重ねてきた。だからこそ、タイトルが目の前に見える状況でも、「いつも通り」の投球を互いに信じることができた。揺るがない信頼関係が生んだ1勝だったからこそ、甲斐は喜びをあらわにした。

ソフトバンク・栗原陵矢、有原航平、甲斐拓也(左から)【写真:竹村岳】
ソフトバンク・栗原陵矢、有原航平、甲斐拓也(左から)【写真:竹村岳】

 有原だけでなく、今季から先発に転向したリバン・モイネロ投手も最優秀防御率のタイトル獲得が濃厚な状況だ。これまでも正捕手として千賀滉大をはじめ、多くの投手にタイトルをもたらしてきた甲斐。だからこそ、重要な一戦にも冷静さを保つことができた。

「もちろんプレッシャーがゼロではないですけど、タイトルのことばかりになってもいけないなと思うし、だからといって特別なことをする必要もないので。今までやってきたことを、どれだけグラウンドで表現できるかっていうのが僕は大事だと思うので。1日だけを見れば勝ち負けという結果が出ますけど、もし勝てなくても積み重ねてきたことが無駄だったなんてことは絶対にないので。どういう結果になっていたとしても、僕は胸を張れます」

 普段は物静かな一方、マウンドに上がると気迫を前面に押し出す有原。今季だけでなく、ホークスに加入した昨季も全試合でバッテリーを組んでいる甲斐が明かしたのは、右腕の意外な“操縦術”だった

「すごくいい投手なのは間違いないですけど、どこかでケツを叩いてあげなきゃいけないなと。ケツを叩いて、話を聞いて。じゃあ、どうしようかとお互いに考えてきたので」

 ピンチになると自然にギアを上げる印象のあった右腕だが、陰には甲斐のささやかなサポートがあった。「僕は有原がマウンドにいるときはあまり声をかけることはないし、あまりそれが必要ではない投手だと思っていますけど。1年間は長いですから。調子がよくなかったり、弱気になる瞬間は絶対にある。そんなときに『ここは気持ちを入れていくぞ』って。どれだけこっちが背中を押してあげられるかも大事だし、気持ちが入りすぎていたら一歩引かせてあげるのも大事なので。それをやってきた結果だなとは思います」

 改めて有原と甲斐の関係性が浮き彫りとなった一戦。最後は正捕手らしくこう締めた。

「勝てたことはもちろんうれしいですよ。うれしいですけど、だからと言ってタイトルが取れなかったからダメかということでは全くないので。有原、モイネロだけじゃなく、これまで1人1人の頑張りがあって、チームが優勝できたというのは絶対にあるので。それは先発だけじゃなく、中継ぎもそうですし。そこは忘れたらいけないと思います」。甲斐が扇の要たる所以だった。

(長濱幸治 / Kouji Nagahama)