前田悠伍は「順調にきすぎた」 3回6失点…首脳陣が“挫折”を経験させたかった理由

プロ初登板を果たしたソフトバンク・前田悠伍【写真:竹村岳】
プロ初登板を果たしたソフトバンク・前田悠伍【写真:竹村岳】

「めちゃくちゃいいか、めちゃくちゃ悪いか、どっちかがいいなって」

 首脳陣の願いは、実に明白だった。正しく「挫折」を味わってほしかった。ほろ苦いデビュー戦を全員が前向きに捉えているのは、この経験を糧にできると知っているからだ。

 ソフトバンクの前田悠伍投手が、1日のオリックス戦(みずほPayPayドーム)でプロ初登板を果たした。チームは逆転勝利を飾ったものの、3回6失点で降板。2回に5安打を集められて4点を失うと、3回には2ランを浴びた。試合の中盤からは、ベンチで戦況を見つめていた。「打たれてしまいましたが、2軍では経験できないことを経験できた」。3回6失点という結果に対して、首脳陣は「これでよかった」と言う。その真意に迫った。

 ウエスタン・リーグでは12試合に登板して4勝1敗1セーブ、防御率1.94。9月23日にチームのリーグ優勝が決まると、25日から1軍に合流した。自分自身で結果を残して、掴み取ったチャンスだった。誰もが初勝利を願っていた中で、倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)は「僕は、めちゃくちゃいいか、めちゃくちゃ悪いか、どっちかがいいなって思っていたんです」と明かす。エリート街道を歩んできた前田悠伍への純粋な“親心”だった。

「もちろん、結果は良くなかったんですけど、長い目で見れば悠伍のためには良かったんじゃないかなと思っています。今まで順調にきすぎた部分もありましたし、プロの厳しさ、1軍のレベルを体感できたのは、これからの取り組みがさらに良くなると思います」

 大阪桐蔭高2年で選抜大会優勝を経験。昨年のドラフト会議では「外れ1位」ながら3球団が競合し、ソフトバンクが交渉権を獲得。運命のドラフトで、ホークス入団が決まった。2軍でも結果を残し、まさに「順調すぎる」ほどのステップを歩んでいた。初の1軍登板で抑えられたのなら、自信にすればいい。打たれたのなら、もっと努力すればいい。だから「どっちかがいい」という願いを抱いていたと、倉野コーチは語った。

「中途半端になんとなく抑えて『こんなものか』と思ってしまうのが一番マイナスだと思っていました。めちゃくちゃ良くてもいいんですけど、そういう意味では、変な言い方ですけど、これでよかったと思います」

 2日から再びファームに合流する。プロ1年目の1軍成績は1試合登板、防御率18.00でフィニッシュすることが決定的となった。たった1度の登板で味わった悔しさを胸に、長いオフを過ごさなければならない。倉野コーチも「同じ話をしました」と言い「オフの取り組みがより良くなるねという話をしました。これで挫折して終わるなら、それまでの選手。糧に頑張れるなら、将来、期待ができますし。そこは本人次第ですから」と続けた。

 この日の登板は、2軍でやってきた能力をある程度は発揮できていたと倉野コーチは評価する。「出力も出ていましたし」。その上で「2軍では打ち損じてくれていたところが、それがなかったと痛感したみたいです。だから『もっとパワーアップしないと、通用しないよね』という話はできました」と、やり取りの一部を明かした。前田悠本人も「1軍になったら甘い球は逃してくれない印象があった。それは今日投げないとわからなかったことなので。いい経験になったんじゃないかなと思います」と頷いた。今の自分がしっかりと見えたから、後悔はない。

「全力で行ったつもりなので、そこで打たれてしまったのは自分の実力が足りないということをしっかりと受け止める。受け止めることができれば、自分次第でもっと上に行けると思うので、これから頑張っていきたいと思います」

 高卒1年目の19歳ではあるが、前田悠らしさも確かに見えた。失点が重なっても「『どうしよう』とか、そういうことはなかったです」と前を向き続けた。打者と勝負する気持ちは、絶対に失わなかった。「自滅したわけではないですし、打たれて入った得点なので。そこは自分の実力不足と捉えています。ここから頑張っていくしかないなってマウンドでも思っていました」。どこまでも自分の現状と、結果に対して真っすぐに向き合っていた。

「今日打たれて学んだことはたくさんありますし、降板してからいろんな方に言われたこともあるので。しっかりと反省して、次はやり返すというか。今日、完璧に抑えたかったのはあるんですけど、打たれたので。ここからは打たれないように、もっと完璧に抑えられるように練習からしっかりやっていきたいと思います」

 ゲームセット後はウエートトレーニングに励んだ。取材に応じる表情に悲壮感は一切なく、自らの課題が明確になったことを受け入れていた。これから前田悠がどんな投手になろうとも「デビュー戦は3回6失点だった」という事実は変わらない。大投手になることで“伝説”に変えていけると、誰しもが信じている。

(竹村岳 / Gaku Takemura)