正木智也は“腐らない”…1度も吐かなかった弱音 経験させたくなかった「無駄な時間」

ソフトバンク・正木智也【写真:小池義弘】
ソフトバンク・正木智也【写真:小池義弘】

20日の楽天戦で見せたバックホーム…リハビリ期間を支えたのは高田コーチ

 苦しんでいた時期を、近くで見守ってきた。辛さを乗り越えて見せた渾身のバックホームだと知っているから、嬉しかった。ソフトバンクは20日の楽天戦(楽天モバイルパーク)に0-3で敗戦した。守備で見せ場を作った正木智也外野手に「嬉しいです」と語るのが、高田知季2軍内野守備走塁コーチだった。昨シーズンのリハビリ期間を振り返り、正木が一切見せなかったという姿とは――。

 2回に2点を失い、主導権を握られた。さらに追加点を献上し、なお4回2死二塁という場面だった。小深田の打球はゴロで右前に抜けていく。右翼の正木はチャージをかけると、ホームにノーバウンドで送球し、走者をアウトにした。昨季は右肩痛に苦しんだから、小久保裕紀監督も「期待をしているのは打つ方なんですけどね。ああいうプレーで自信をつけていってほしいです」と頷いていた。

 1年前は投げることすらできずにリハビリ組にいた。「リハビリ担当コーチ」として、正木に寄り添っていたのが高田コーチだった。仙台で見せたバックホームに「もう僕の手は離れていますから」と言いつつ「しっかり投げられていることが嬉しいですね。再発している感じもないですし(1人の選手を)特別視するっていうのはないですけど、元気にやっていることは僕にとってもよかった」と笑顔で話す。

 正木自身も「ジャパさん(高田コーチ)は投げ方に始まって、トレーニングも教えてくれたので。本当に感謝しかないです」と頭を下げる。一緒になって復帰へと歩んだ選手が、感謝の言葉を口にしてくれた。謙遜しつつも1人の指導者として「あの時があってよかったと、そういう時間にしたいとも思っていました」と言う。内野守備が一級品だった現役時代の経験を生かし「投げ方的に変わりはないんですけど、内野と外野では足の運び方も全然違う」と、丁寧に伝え続けてきた。

 リハビリ期間中、投げ方の修正を行っていた。外野手である以上、力強いスローイングは絶対に取り戻さないといけない。「上げられるところまでは上げないといけなかった。スナップスローができるならいいですけど、外野手ですし。その日によって痛みが変わることもあったので、進め方としては難しかったです。そこをどうにかして進めていく感じでしたけど」。上半身に頼らない投げ方が体に染み付いたことで、今の正木がいる。全力でプレーする選手を見ることは、リハビリ担当を務めた高田コーチにとっても嬉しい出来事だった。

 高田コーチも、利き腕ではないが肩の手術は経験している。2016年9月に「肩関節鏡視下バンカートの手術」を受けたことが発表され、半年以上のリハビリ生活に突入した。「その時が僕の中で一番無駄な時間を過ごしたと思っていました。初めての手術で『どうせ半年かかるし……』ってマイナスなことばかり考えていました」と振り返る。野球ができなければ、モチベーションを維持するのも難しい。“腐ってしまった”日々が自分の中にあるから、正木には同じ道を歩んでほしくなかった。

「僕は足首の手術(2020年5月)もやりましたけど、その前にあったのが肩でした。それがあったから、2回目の足首は『普段できないことを意識的にやろう』と思えましたし。今もその時の心境は覚えています。初めての大きな怪我でどうしたらいいのか。気持ちの持って行き方もそうですし、練習内容も変わってくる。(正木に)無駄な時間を過ごしてほしくないっていうのは、僕の経験もあったから。そういう意味では、怪我をしたのは僕はいい経験だったなと思いますけど」

 今年のキャンプが終わる頃まで、スローイングには不安があったと正木は言う。それでも高田コーチは1度も弱音を聞いたことがないと言い「『ちょっと痛いです』とかはありましたけど、特にこれっていうのはありませんでした。言葉や姿に出るような子じゃなかったです」。地道な日々の中で、人柄への理解も少しずつ深まり「喜怒哀楽を出すタイプではないので、落ち込んでいても(感情が)薄く見られがちかもしれませんが、彼の中でのもどかしさっていうのはあったと思います」と、寄り添いながら一緒に改善策を探してきた。

「正木が今は1軍で投げられていて『あの時間がよかった』とも、『無駄だった』とも思うかもしれない。それは自分次第ですから。バッティングはできていたし、そういう意味ではあの時間が今の成績に生かせたのかもしれないですよね。それは聞いていないのでわからないですけど、試合に出られないもどかしさはあったと思いますよ」

 今はチームの勝利のために、全力で戦うことができている。サポートしてくれた人たちのために、1軍で結果を出すことで恩返ししていきたい。

(竹村岳 / Gaku Takemura)