昨年は右肩痛…年が明け「今年も無理かもな」 正木智也と柳町達が口を揃えた“万感の思い”

楽天戦に出場したソフトバンク・正木智也【写真:小池義弘】
楽天戦に出場したソフトバンク・正木智也【写真:小池義弘】

4回1死二塁で小深田の打球が右前へ…正木智也が見せたノーバウンドの返球

 野球が「つまらない」と思えてしまうほどの日々を乗り越えた。渾身のバックホームだった。ソフトバンクは20日、楽天戦(楽天モバイルパーク)に0-3で敗戦した。8安打を放ちながらも無得点に終わり、カードの初戦を落とした。その中で、守備から見せ場を作ったのは正木智也外野手だった。「今年も無理かもな……」。リハビリの日々が辛かったから、“万感”のスローイングとなった。見守った柳町達外野手も「ベストボール」と大絶賛だった。

 先発のリバン・モイネロ投手が、序盤から安定しなかった。2回無死一塁でフランコに2ランを浴びて先制された。4回も1死二塁から中島の適時二塁打で3点目を献上した。続く小深田の打球も一、二塁間を抜けていく。正木もチャージをかけて、体重を乗せてスローイングした。ノーバウンドで甲斐拓也捕手のミットに収まり、追加点を防いだ。

 昨シーズンは右肩痛に苦しみ、シーズンの大半をリハビリに費やしていた。外野手としての補殺は2022年以来、通算3度目。当然、今年では初だ。ただの1球ではない。辛い日々を乗り越えたからこそ、正木にとっては感慨深いバックホームだった。

「去年の12月も、今年の1月もまだ痛くて『今年も無理かもな』って思っていた中で、治ったので。そこはちょっとホッとしましたし、よかったなって思います」

 昨年9月に実戦復帰した時には「最初、怪我してからは野球が本当につまらなかった」と胸中を明かしていたが、実は年末年始も不安とともに過ごしていた。12月には台湾でのウインターリーグにも参加。外野守備にも就いたものの「その時も正直痛かったですね。あんまり守備にも就いていなかったんです。オフになったら治ると思っていたんですけど、そこで『無理かもな』って。でも教えてもらったトレーニングを信じて続けていたら、良くなりました」と今だから言える。

 時間は待ってくれない。2月には春季キャンプが始まり、開幕に向けての競争が本格化した。正木はB組のスタートで、小久保裕紀監督から「A組に入って、焦って肩の状態が悪くなるのもアレだから、まずはB組でじっくり治して焦らずやれ」と、言葉をかけられたという。その後、右肩の状態は「キャンプの最初も、ちょっと怖かったですね。痛みはなくて『行ける』とも思っていたんですけど。3月くらいまでは怖さもあって、思い切りは投げられませんでした」と、一歩ずつでしか進めないことがもどかしかった。

 昨年、リハビリを担当していたのは高田知季2軍内野守備走塁コーチだった。正木の実直な姿勢に高田コーチは「ある程度、任せるところは任せています。基本的に表には出さないタイプですけど、練習も真面目にやっていますし。そういう姿を見ていたら、前向きに捉えているとは思っています」と表現していた。復帰への強い思いを失わなかったから、顔は自然と前を向いていた。1年が経ち、きっとお世話になった人たちも喜ぶであろう渾身のバックホーム。「ジャパさん(高田コーチ)は投げ方に始まって、トレーニングも教えてくれたので。本当に感謝しかないです」と頭を下げる。

 リハビリ期間を支えてくれた1人が、柳町だった。頻繁に連絡をくれていた慶大の先輩は、この日左翼から正木のスローイングを見守り「めちゃくちゃナイスボールでしたね。ちょっとでもズレていたらセーフだったので、本当にベストボールだったと思います」と感想を話す。昨シーズンは2軍監督だった小久保監督も「期待をしているのは打つ方なんですけどね。ああいうプレーで自信をつけていってほしいです」。4打数無安打に終わったバットへの期待は忘れなかったが、そう語る表情は、やっぱり嬉しそうだった。

 正木自身も、この日のプレーそのものを振り返った。「打球の弱さ的に『回るな』と思いながらチャージしたので、いい球がドンピシャで行ってよかったです」と頷く。ノーバウンドでのスローイングにも「そうじゃないと間に合わないと思ったんです。この球場は天然芝で跳ねなかったりもしますし、ワンバウンドで投げるのも難しいので、ノーバウンドの方がいいと思いました」と、球場の特性まで頭に入れた狙い通りのプレーだった。

甲斐の適時打で喜ぶホークスナイン【写真:栗木一考】
甲斐の適時打で喜ぶホークスナイン【写真:栗木一考】

 8月18日のロッテ戦(みずほPayPayドーム)。7回1死三塁で甲斐がバットを投げるようにして左前に適時打を放った時、正木もベンチを飛び出して喜んでいた。グラウンドで経験できる悔しさも、嬉しさも、1軍にいるからこそ。野球ができなかった1年前を思えば、1軍にしかない重圧も緊張感も、喜びに変えていける。

「去年、怪我をした時の期間を、来年には『よかった』と思えるように過ごしていました。こうして今年、ある程度の結果が出ているのは去年があったからだと思いますし、いい期間だったかなと思います。去年はなかなか自分の成績で精一杯で、楽しむことができなかった。今は楽しくできていると思います」

 少しだけ笑顔を見せて、球場を後にした。リハビリ期間をたくさんの人に支えてもらったから、今度は自分が結果でファンを喜ばせたい。

(竹村岳 / Gaku Takemura)