佐藤直の支配下昇格、決定は「1時間足らず」 柳田離脱の一方で…小久保監督が明かす舞台裏

ソフトバンク・佐藤直樹【写真:竹村岳】
ソフトバンク・佐藤直樹【写真:竹村岳】

5月31日の広島戦で柳田悠岐が離脱…小久保監督も「采配どころじゃなかった」

 ソフトバンクの小久保裕紀監督が、鷹フルの単独インタビューに応じた。テーマは「佐藤直樹外野手、支配下登録の舞台裏」。育成からの昇格を、わずか1時間で決めたという。柳田悠岐外野手が離脱した5月31日の広島戦(みずほPayPayドーム)。その時、ベンチでは何が起きていたのか? 指揮官とフロントの考えが、完全に一致した瞬間だった。

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 佐藤直が2桁背番号となったのは、6月1日。前日の5月31日の広島戦(みずほPayPayドーム)で、柳田が右ハムストリングを痛めて離脱した。軽傷ではないことをすぐに察した小久保監督は、試合後も「采配どころじゃなかったです。柳田のこと、どうしようかというとこで。ほとんどゲームの内容は見ず、最後の7、8、9回ぐらいはちょっと色々考えましたけど。それ以外はあんまり野球のこと考えてなかったです」と語るほど。佐藤直の支配下昇格は、試合中にはほとんどが決定していた。

「『1日でも早く』『いつできますか』って言いました。試合中やったかな? 明日できるってGMの方から言ってきたので、それで一安心しました。そんな早くしてもらえるなら。『試合間に合うんですか』『明日スタメンでいいですか』って言って、夜中に急遽、担当コーチからスタメンを伝えさせました。声が裏返っていたらしいです(笑)。支配下どころか、いきなりスタメンだったので」

 試合中から、三笠杉彦GMとの話し合いは始まっていたそうだ。当時、ウエスタン・リーグで打率.340を記録しており、指揮官も「柳田が怪我をしていなくても、7月31日を持ってしてじゃなくて、もっと早くしていたと思います。たまたまその怪我で『じゃあ明日』と急遽決まりましたけど、名前はずっと挙げていました」という。柳田の離脱で前倒しになったことは間違いないが、支配下昇格において最有力候補だった。

 広島戦でも、ベンチは「ドタバタしていましたよ。次の手も考えているところで、途中から(佐藤直が)遠征先から福岡に戻ってくることが決まったので」と明かす。勝つための采配に加えて、編成面でも打つ手を考える必要があったからだ。当時は正木智也外野手や笹川吉康外野手が2軍にいたが、佐藤直が育成から一気に1軍昇格。「吉康は(その後に)上げましたけど、柳田の怪我を考えたら今年ちょっと厳しいかなと考えた時に、じゃあ今一番状態がいいのは誰か。その時は正木の状態が良くなかったというだけです」と続けて明かした。

 2023年を終えた時点で、1軍では通算70打数で38三振。守備、走塁が最大の持ち味である反面、追い込まれてからの脆さが課題だった。育成契約となり、年が明けた2024年。ウエスタン・リーグでの打撃成績を見ても、小久保監督は「一番は今年取り組んでいるバッティングがこんなにも昨年と比べて良くなるものかというのはずっと感じていたんです」と成長を感じ取っていた。

「あの子の性格的にどこまで続くかというのは思っていたんですけど、それがずっとできていた。自分が信じたコンパクトに振りながら。抜かれたらそのままベローンっていう空振りがめちゃくちゃ多い子だったのが、最後までボールを見ながら、困ったら反対方向に打つっていうのが続いていたんですよ」

 2軍で残している結果に、佐藤直が本当に変わり始めていることが詰まっていたから、2桁背番号を与えたくなった。「肩と足はプロ野球界でもトップクラスです。松山2軍監督と話をしていても、近いうちに支配下復帰を考えてもよさそうですね、と。やろうとしていることが変わらず、根気良くやっている。その中で打率も残していたので」と、迷いはなかった。ファームでの地道な経験も、6月1日にスタメンを託す理由になった。

「柳田があの怪我になったので、その日の試合中に。GMも試合を見られているので、ちょっと(佐藤直は)遠征に行っていたんですけど『佐藤直樹、ちょっとこないだ言っていましたけど早めてもらって、1日でも早くしてもらえませんか』と言ったら次の日にしてもらえて、スタメンにできた。(6月1日、広島の先発が)玉村というのもあって、対戦が結構あったので。球団の迅速な対応に感謝しましたね」

 その経緯の全ては「1時間足らずです。あした呼び戻して明日の朝に契約しましょうと(返事を)いただいたので」と、ホークスならではのスピード感も光った日だった。育成選手の力も借りて、小久保監督は頂点だけを目指している。

(竹村岳 / Gaku Takemura)