先輩の夏を「終わらせてしまった」 前田悠伍が甲子園で見せた涙…西谷監督が今も抱く“後悔”

大阪桐蔭時代の前田悠伍【写真:小林靖】
大阪桐蔭時代の前田悠伍【写真:小林靖】

大阪桐蔭の西谷監督に単独インタビュー…テーマは前田悠伍の「下級生時代」

 鷹フルでは、大阪桐蔭高の西谷浩一監督に単独インタビューを敢行。ソフトバンクにドラフト1位で指名された同校OB、前田悠伍投手について全3回にわたりお届けする。第2回のテーマは、1年秋から2年夏にかけての「下級生時代」。左腕の実力を信頼を認めながらも、あえてエースナンバーを渡さなかった理由。流した涙の意味、指揮官が今も抱く“後悔”とは――。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 2021年の夏、1年生だった前田悠をベンチには入れなかった。「もう少し体作りをしっかりとして、秋に万全で入ろうと思っていました」。チームは甲子園にまで駒を進めたものの、2回戦で近江高に敗戦。すぐに秋の大会に向けて体制を整え始めた。存在は新チームでも当然、主戦投手。同年秋の神宮大会、翌年の第94回選抜高校野球大会では好投を見せて全国制覇に貢献した。

 しかし、背負った番号は1番ではなかった。神宮大会では14番、春の選抜では11番で、エースナンバーを背負うのは“自分たちの代”になった2年秋だった。なぜ下級生の時、1番を与えなかったのか。西谷監督が意図と舞台裏を語る。

「もっと上を目指してもらいたいという気持ち。前田がダメではないんですけど、もっともっといろんな意味で大きな存在になってもらいたかったので、いい意味で『まだ1番は早いんだぞ』という気持ちでしたね。僕は実際にマウンドに上がった者がエースだといつも言っていますし、上級生の学年からも(前田悠への)信頼はありました。そこはエースなんでしょうけども。背番号の上で言うならば、もっと上を目指してもらいたいという気持ちでした。あえて渡さなかったというのが正直なところです」

 背番号という形に選手自身が一番こだわることを知った上で「まだ早い」と決断。上級生からの信頼も目に見えていたが、まだまだ満足してもらいたくなかった。

 負けん気は誰よりも強かった。「『もっと投げさせてくれ』『もっと投げさせてくれ』と目で言ってくる。僕としては、上級生もいますし、もちろん故障もさせたくなかったです。ある程度の間隔を置いていたんですけど、全然連投もできるし、全然行ける的な感じで。もっと投げさせてくれと言うのを常にノートにも書いていましたし、目でも伝えてきました。ブルペンでもアピールしているような感じではありました」と振り返る。

ソフトバンク・前田悠伍【写真:竹村岳】
ソフトバンク・前田悠伍【写真:竹村岳】

 高い能力を持つ左腕だからこそ、常にそれ以上のハードルを求めてきた。前田悠が西谷監督からの教えの1つとして挙げていたのが、キャッチボール。「西谷先生にキャッチボールの重要性というか『ただの肩慣らしじゃなくて、技術練習』『いい選手はキャッチボールを見たらすぐにわかる』と言われたので。そこから意識するようになりました」。そう伝えた理由を指揮官は“センスがありすぎるから”と語る。

「キャッチボールはね、ちょっとセンスがありすぎたんです。適当でもできる子なんですけど、キャッチボールをおろそかにする投手も野手も大成しないという話はしました。プロ野球の一流の選手になればなるほど、キャッチボールは大事にするので。高校生のレベルで言えばダメではなかったんですけども、本当にピッチングと同じくらいの意識でキャッチボールができているかといえば、ただの肩慣らしに近かったので。キャッチボールはそういうものじゃないという話をした記憶はあります」

 まだまだ伸び代がある高校生という年代。だからこそ、基本を大切にするんだと何度も伝えてきた。センスがありすぎるというのも、前田悠の潜在能力を的確に表現した言葉。「基本的に、パッとできる子なので。“ウサギとカメ”で言えば、ほぼ全てのことがウサギの子でした。言い方は悪いですけど、サボってもできるような子でした。でも、それではもう1つ上には行けないよという話はよくしました」と笑って振り返っていた。

ソフトバンク・前田悠伍【写真:竹村岳】
ソフトバンク・前田悠伍【写真:竹村岳】

 前田悠自身が「一番悔しい思い出です」と今も忘れずにいるのが、2年夏の甲子園。準々決勝で下関国際高に逆転負けを喫した試合だ。「1球で勝敗が決まりますし、プロ野球は1つ甘く入ってしまったらホームランを打たれてしまう世界。より一層厳しさを持ちながらやっていきたい」と入団会見でも語っていた。2年が経った今も、この敗戦を振り返ると、西谷監督にも“後悔”がある。

「あそこは僕がね、タイミングが悪かったので。もうちょっと回の頭から行っていたらね、全然問題はなかったんでしょうけど。もうちょっと上級生に投げさせたいという思いもありました。前田を出すのがワンポイント遅くなってしまったのがアレだったんですけど。前田のせいで負けただなんて気持ちは全くないです。本人としては『自分が打たれて』と思ったと思いますので、それはそれで成長の糧になったと思います」

 前田悠が登板したのは5回の途中からで、6回には1点を失った。結果的に9回に連打と犠打で1死二、三塁とされて、中前に逆転2点打を許してしまう。継投について「タイミングが悪かった」と今も反省は胸にある。涙する前田悠の姿は「下級生なので、先輩たちの夏を終わらせてしまったっていう。また、上級生が人間的にもいい子たちが多くて、前田もすごくやりやすかったんだと思います。そのチームとのお別れになってしまったっていうのがあったんじゃないですかね」と西谷監督にとっても忘れられない。

 頼りになった先輩たちは、もういない。いよいよ自分たちの代になった。前田悠はキャプテンに就任するが、西谷監督は「完全に僕の意向」で決めたと明かす。次回のインタビューで、その舞台裏を語る。

(竹村岳 / Gaku Takemura)