頭にあったセーフティスクイズの可能性…小久保監督から奈良原ヘッドに伝えられた言葉
サヨナラ打の裏側で、球団の垣根を越えた優しさを見た。川瀬晃内野手が「嬉しいですし、本当にありがたいです」と感謝を口にしたのが、西武の金子侑司外野手に対してだった。自分自身の劇打で決着をつけた27日の西武戦(みずほPayPayドーム福岡)。試合直後の“アナザーストーリー”に迫った。また、奈良原浩ヘッドコーチは試合が決まる直前、セーフティスクイズの可能性があったことを認める。その上で川瀬と、小久保裕紀監督の“信頼関係”を代弁した。
27日の試合は同点のまま、延長10回に突入した。先頭の周東佑京内野手が二塁打で出塁すると、今宮健太内野手の犠打で1死三塁。柳田悠岐外野手が申告敬遠で歩かされて、途中出場だった川瀬に打席が回ってきた。2球目を右中間に運ぶと、チームの勝利を確信。前進守備の外野を抜けていく打球を見て、両手を掲げて喜んだ。プロ初のサヨナラ打は「初めての感覚でした」と興奮した表情で振り返る。
一方で、西武にとっては悔しすぎる敗戦となった。延長戦での連敗は「14」にまで伸び、今季のホークス戦も4戦4敗。目の前で歓喜の輪ができたことも、複雑な思いをより大きくしたはずだ。自然と足取りが重くなるような状況で、金子が取った行動に注目が集まった。打った川瀬が「面識はなくて、塁上で挨拶するくらい」と言うものの、「あとでお礼を言いに行こうと思います」というほどの優しさを受け取ったからだ。
三塁走者の周東が生還した時点で、試合が決着。そんな中でも金子は、右中間に転がっているボールを自ら拾いに行って、三塁ベンチに帰る際に歓喜の輪にいる松本裕樹投手に手渡していた。川瀬も試合後にドームから帰宅する際、左手にサヨナラ打の記念球を手にしていた。その経緯も「西武の金子さんを通じて、松本(裕)さんにいただきました」としっかりと知っていた。打球を放っておいても、白球は転がっているだけ。グラウンドキーパーがその後に拾っていたのかもしれないが、相手選手から受け取ったということも「嬉しいですし、本当にありがたい」と深々と頭を下げていた。
ホークスで金子をよく知る人物の1人が、昨季までチームメートだった山川穂高内野手だろう。2012年ドラフト3位で西武に入団した金子と、2013年ドラフト2位だった山川。「めっちゃ優しい人ですよ。僕は仲良くさせてもらっています。大学から知っていますし、今でも仲良くさせてもらっています」と関係性を表現する。チームメートとして優勝も、辛い時代も一緒に経験した大切な仲間だ。
「背中を見るという意味では栗山(巧)さん、中村(剛也)さんの方でしたけど、一時代というか、強い時も弱い時もというか。勝てる時と勝てない時がありますけど、ネコさんとはそういう時もともに励まし合ってきました。(1軍に定着したのは)全然ネコさんの方が早かったですけど、(オリックスの)森(友哉)もそうですけど、励まし合ってきた人です。年も近いので、お互いに相談してやってきた仲間ですね」
2012年から2016年まで西武で指導者を務めていた奈良原浩ヘッドコーチは、金子をルーキーイヤーから知っている。金子が取った行動には「人としてはすごくちゃんとしているよ。意外とそういう気配りもできる人。ちゃんと今でも挨拶に来るしね」と頷く。弱肉強食の世界で、1年目でも金子からは自信がみなぎっていたという。「大学の時から上位ランクという形で入ってきたけど(この厳しい世界で)過ごしていく中でそういう(気配りができる)ふうになってきたのかもしれないね」と、成長を感じ取っていた。
奈良原コーチも現役時代は貴重なバイプレーヤーとして活躍した。「俺もどっちかというと控えでやってきた選手」と振り返りつつ、今の川瀬の存在を頼もしく感じている。「キャンプに入るまでは、誰だってレギュラーになりたい。でもシーズンが近づくほど、チームが勝つために自分ができることは何なのか、それに徹することができる人と『いや、途中から出るのは……』ってなる人がいる。川瀬なんてそっち(前者)だよね」。たとえ目立たなくても準備を徹底しているからこそ、ためらうことなくグラウンドに送り出せる。
川瀬がサヨナラ打を放った場面は1死一、三塁というシチュエーションだった。川瀬はセーフティスクイズの可能性に「僕はその考えが半分以上だった」と言い、奈良原コーチも「正直あったし、確率としては一番高い」と認めた。1球目をファウルにして、2球目になってもベンチのサインはヒッティング。横目で小久保監督を見ると、返ってきた言葉は「打たせましょう」だった。この小久保監督の姿勢にこそ選手への信頼が表れていると、奈良原コーチは語る。川瀬が“任せたくなる選手”だからだ。
「川瀬は今も(試合前のノックは)ショートで受けたり、セカンドもサードも、たまにファーストでも受けていますよね。俺たちも人間だからさ、そういう(準備を怠らない)選手って気持ちが入るよね。だからあの時も監督が『打たせましょう』って言ったのも、監督は選手のそういうところをすごく見ているから。『ここまでやっているんだから、こいつにかけてみよう』っていうのがあったと思います。『だから任せよう』って思うだけの準備を選手がしているということ。それを監督はしっかりと見ている。そういうことで信頼関係じゃないですけど、今はいい方向に行っていると思います」
試合を決めた夜、興奮が残ったまま川瀬も帰宅した。愛妻も「現地で見ていたんです」と、雄姿を見せることができた。金子から受け取った記念球の行方は「お父さん、お母さんに渡そうと思います。奥さんにも見せましたけど、奥さんが『お父さん、お母さんにあげたらどう?』と言ってくれたので。(両親からも)『おめでとう』と連絡が来ていました」と笑顔で明かす。一夜が明けた28日の朝も「奥さんは張り切って新聞を買いに行っていました」と、近くにいる人たちみんなを幸せにするような一打になった。
先輩にされてきたことは、後輩にしてあげる。そうやってプロ野球は受け継がれて、成り立ってきた。川瀬も金子の存在に「そういう人に僕もなりたいなと思いますし、ああいう気遣いができる人を目指して僕も人間力を磨いていきたいです。ああいう行動をされて絶対に嫌な気持ちにはならないですし、僕も見習って生きていきたい」と記憶にも色濃く残る日になった。スポーツである以上、必ず相手はいるもの。感謝とリスペクトを決して忘れることなく、プロとして最高のプレーを見せてほしい。
(竹村岳 / Gaku Takemura)