甲斐野央が「羨ましかった」 藤井皓哉の嫉妬…実は“バチバチ”だった2人の関係性

藤井皓哉(左)と甲斐野央【写真:竹村岳】
藤井皓哉(左)と甲斐野央【写真:竹村岳】

甲斐野「悔しかったです」、藤井「羨ましかった」…2人のライバルのような関係

 実は“バチバチ”の関係性だった。11日、国内FA権を行使しソフトバンク入りした山川穂高内野手の人的補償で甲斐野央投手が西武に移籍することが発表された。同級生の藤井皓哉投手は、鷹フルの単独取材に胸中を明かした。甲斐野から感じ取っていた“対抗心”、お互いがお互いに抱いていた嫉妬心などを激白。甲斐野が「悔しかったです」と言えば、藤井は「羨ましかった」と語る。その表情は、美しいライバルのような関係性を表していた。

 おかやま山陽高時代、甲斐野の母校である東洋大姫路高とは練習試合をしたこともあるそう。「その時にお互いのことを知っている訳ではないですけどね。東洋大姫路とやった記憶はあります」と、青春時代から2人の野球人生は交差していた。藤井は高卒で広島へ、甲斐野は大卒でホークスへ。2022年、藤井がホークスと育成契約を結んだことで運命は交わり、2人はチームメートになった。輪に溶け込めるよう、スッと声をかけてくれたのも甲斐野だった。

「僕が初めてA組のキャンプに行った時に一番最初に声をかけてくれた。(西武への移籍は)寂しい気持ちになりました。チームに溶け込みやすくしてくれたので、頼りになる存在でした」

 藤井はホークス1年目の2022年、55試合に登板して5勝1敗、防御率1.12という圧倒的な成績で、一気に存在感を示す。その姿には甲斐野も「藤井が1軍で投げている姿を見て悔しかったです。『俺が絶対に投げないといけなかったポジションなのに』って思いもあった」。同年は27試合登板。自分が目指すポジションに立つ藤井を見て、ある種の嫉妬心と反骨精神を抱いていた。「今となっては絶対に必要な存在だと思いますし、リスペクトしています」と言うが、藤井目線では甲斐野はどんな存在だったのか。

「そう言っていますけど、甲斐野が1年目の時、僕はカープにいましたけど、逆にその時は羨ましかったです。同級生、甲斐野に限らず他の球団でも1軍で活躍している人を見て、自分ももっとそういうふうになれるようにと思って今がありますから。やっぱりプレーヤーとして、甲斐野と僕はタイプ的にも似ている部分もありますし。マツ(松本裕樹投手)もいますけど、リリーフとしてやっていく上で負けたくないという気持ちはありました」

 甲斐野は1年目の2019年に65試合に登板して2勝5敗8セーブ、防御率4.14。新人ながらにブルペンの太い柱となり、野球日本代表「侍ジャパン」にも選出され、「WBSC プレミア12」で世界一に貢献した。藤井は広島に在籍していた同年、1軍では4試合登板で防御率14.21。なかなか自分の力を1軍で出し切ることができず、まさにくすぶっていた時だった。甲斐野の姿が眩しく、とにかく羨ましかった。チームメートとなり、違う形で輝きを放ってきた2人。「それがいい方向に行っていたんじゃないかなと思います」と、負けず嫌いな性格が互いを高めあってきた。

 明るいキャラクターもまた、甲斐野の代名詞。「表立ってはそういうことは言わないですけど」と、あくまでも負けず嫌いであることを甲斐野自身も前面に出してきた訳ではない。それでも藤井は「そうですね、そういうのは薄々は……。なんとなくは感じていました」と、自分に対して“対抗心”を感じていたことを苦笑いで語る。当然、本当に仲が悪いわけではない。同級生会で笑顔もでふざけ合う2人ではあるが、負けたくないのは野球選手としての純粋な本能だった。

 周囲まで巻き込んで輪の中心になれる甲斐野と、口数は多くなく黙々とやるべきことをこなす藤井。対照的な2人だが、人としての魅力には藤井も「常に人のことを心配できる。人に寄り添えること。特に、後輩の選手に対してはすごいです。悩んでいる時とかも悩みすぎないように声をかけたり、そういう姿は見ていました」とリスペクトする。2024年には28歳となるだけに「年齢的にも、リリーフ(全体)は若くなってきている。そういう役回りの必要性を甲斐野は感じていたと思います。僕もやっていかないといけないです」と、これからは自分も輪の中心となっていきたい。

 甲斐野の移籍を聞き、藤井が取った連絡手段はLINE。短いメッセージを送った。「いろんな人からの連絡で電話とかは忙しいと思ったので、ひとまず連絡だけはして、会えた時に話ができたら。直接話をした方が伝わる部分もあるだろうし」。移籍となって甲斐野のスマートフォンはきっと、鳴りっぱなし。「あえてじゃないですけど、電話はしなかったです」というのも藤井なりの優しさだった。再会できる日を心待ちにして、1月の今は、それぞれの鍛錬に集中していく。

 広島を戦力外となり、2021年は独立リーグの四国IL高知で過ごした。ホークスの中でも、経歴は異色。数奇な道筋をたどって、かけがえのない存在と出会うことができた。藤井にとって1996年組は、どんな存在なのか。「心強かったですし、特に僕が入った年はリリーフのピッチャーが多かった。負けたくない気持ちを持てる、野球選手として高め合っていける存在です」。心からリスペクトするからこそ絶対、絶対に負けたくない。次に会う時は、野球選手としての高みだ。

(竹村岳 / Gaku Takemura)