一度は諦めようとした“捕手の道” 谷川原健太が意気に感じた小久保監督の“親心”

契約更改交渉に臨んだソフトバンク・谷川原健太【写真:藤浦一都】
契約更改交渉に臨んだソフトバンク・谷川原健太【写真:藤浦一都】

「スタートで出られない、途中出場でもあまり出る機会がない」

“便利屋”としてのジレンマを抱えていた。ソフトバンクの谷川原健太捕手が7日、本拠地PayPayドーム内の球団事務所で2度目の契約更改交渉に臨み、200万円増の年俸1500万円(金額は推定)でサイン。捕手専念となる来季に向けて「キャッチャーに専念できるというのは嬉しいこと。甲斐さんという高い壁がいる。走力の部分だったり、若さの部分は勝てているので、そこを伸ばしていきながら、今までにないキャッチャー像を築いていきたい」と正捕手の甲斐拓也捕手に挑戦状を叩きつけた。

 プロ8年目の今季は捕手と外野手のバックアップとして61試合に出場。昨季の71試合よりも出場試合数は減らしたものの、7月29日のロッテ戦(PayPayドーム)で初めて捕手としてスタメン出場を果たし、計4試合でスタメンマスクを被った。「今までにない、やっていけるんじゃないかという思いになった。自信にもなりましたし、これは来年に繋がるなと思いました」。捕手として大きな手応えを得る1年となった。

 一度は諦めようと思った“捕手の道”だった。強肩が武器で足も速い。決して長打力が秀でているわけではないものの、バッティングにも非凡なものがある。そんな能力を買われて、3年目からは内野手、外野手としてもプレーの幅を広げた。徐々に野手としての比重が大きくなり、谷川原自身も「外野でやりたいなっていうところはあった」と胸中を明かす。

 そんな気持ちが変化したのは今シーズンに入ってからだった。8月19日の西武戦(PayPayドーム)では先発の板東湧梧投手を6回2失点とリード。再び板東とコンビを組んだ8月26日の楽天戦(楽天モバイル)では敗れはしたものの、板東を含めて4投手をリードして相手打線を2点に抑えた。

 この2試合で「すごい自分にとって自信になりましたし、経験値も上がったなっていうのは感じました」という谷川原。捕手としての自信を深め、徐々に心境にも変化が生じた。「キャッチャーで勝負したいなっていう気持ちが出てきて、外野をやりたいっていう気持ちもなくなりました」。シーズンが終わる頃には“捕手一本”の思いが強くなっていた。

 そんな最中の小久保裕紀監督からの“捕手専念”指令だった。宮崎キャンプ中に意向を伝えられ「自信がついたところでそういう言葉を頂いたので『よっしゃ、やってやるぞ』という気持ちになりました」と意気に感じた。捕手として甲斐に挑む覚悟はすぐに固まった。

 ユーティリティプレーヤーとしての立ち位置を築きながらも、なかなかレギュラーへの“挑戦権”すら与えられない。そんな状況に「スタートで出られない、途中出場でもあまり出る機会がないっていうところで、自分の中に悔しさがすごいあった」と、当然、ジレンマを抱えていた。

 その苦悩を推しはかるかのように、指揮官はこう語っていた。

「僕らも悪いんです。外野の守備固めとしても今のチームでは1番手か2番手ぐらい。足も速いし、キャッチャーもできるから、3番目のキャッチャーとしてものすごく便利だよねっていうところの扱いだった。でも、彼自身まだ26歳で、そこを目指してプロ野球界に入ってきたわけじゃないと思うんで」

 野球選手たる者、誰もがレギュラーを目指している。首脳陣の都合でレギュラーに挑ませてあげられないというのは、如何なものか。そんな疑問を抱えた小久保監督はコーチ陣と議論を重ね、谷川原が十分に甲斐に挑める能力があると判断した上で捕手専念を通達した。

 何より小久保監督の“親心”が嬉しかった。「監督にそうやって言っていただけることって、ほぼほぼないと思うので、そういうお言葉はすごく嬉しかったですね」。谷川原の胸は熱くなった。その覚悟は「キャッチャー1本ということで甲斐さんに勝たないといけないので、甲斐さんよりスタメンで出て、レギュラー取る勢いでチャンス逃さないように頑張りたい」という言葉に表れている。

 オフの自主トレも、これまでお世話になった柳田悠岐外野手の“ギータ塾”を卒業し、自らで行う。「キャッチャーの守備をたくさんやりたいっていう意味もあるので、キャッチャーにこだわってやっていきます。秋のキャンプからずっとやっているフレーミングだったり、ワンバン練習も自分の納得いく形でやっていきたい」。逃げ場はない。2024年の捕手事情はどうなるのか。その鍵は谷川原健太が握っている。

(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)