DeNAから移籍して1年目は44試合に出場…印象深い試合に挙げた10月16日のロッテ戦
一生、忘れられない、忘れてはいけない試合となった。ソフトバンクの嶺井博希捕手が5日、PayPayドームで契約更改交渉を行った。今季はDeNA時代の最終年、2022年の推定年俸2700万円が適用されていたため、4800万アップの7500万円(金額は推定)でサインした。「チームに相当の迷惑というか、取り返しのつかないことをしてしまった」。嶺井が語った“タラレバ”。もし今、あの試合に戻ることができたら――。
ホークス1年目となった今季は44試合に出場して打率.206、2本塁打、6打点。主に甲斐拓也捕手に次ぐ2番手捕手として、ほとんどの期間を1軍で過ごした。印象的な試合を問われて、即答した。「最後の試合です」。10月16日、ロッテとのクライマックスシリーズ、ファーストステージの第3戦(ZOZOマリン)。サヨナラ負けを喫し、ホークスの2023年の戦いが終わった試合だ。
先発マスクを託されたのは甲斐だった。延長10回1死二塁で甲斐に打席が回ると、ベンチは生海外野手を代打に送る。生海は凡退したものの、続く周東佑京内野手の適時打で待望の先制点を手に入れた。3点を奪い、最後の守備にしようと向かった10回裏。マスクを被ったのが嶺井だった。バッテリーを組んだ津森宥紀投手、大津亮介投手らとロッテ打線を止められず4点を失い、全てが終わった。
「苦い思い出ですし、あれで(キャリアが)終わりだった人もいる」。勝負の世界に“タラレバ”は禁物ではある。その上で、質問が飛んだ。もし、あの時に戻れるとしたら――。今だからわかることだ。
「雰囲気もそうですし、もっと津森に寄り添って、もっともっと声をかける(べきでした)。試合に入るまでは(コミュニケーションを取っていたんですけど)。やり方もそうですけど、試合の中で、雰囲気の中で津森に寄り添えたらなって思いました」
延長10回裏の守備に向かう前には、ベンチで甲斐と何度もうなずきながら言葉を交わすシーンがテレビカメラにも映っていた。「あれはそう見えただけで、いつもああいうことはやっている」と言う。当然、10回裏の全てを、試合後に映像で見返して反省もした。「してはいけない経験だったと思います。大事な場面を任せてもらっているわけですから」と、色濃くすぎるほどに悔しさは胸に刻まれた。
コロナ禍の影響もあったが、今季からは声出し応援が解禁された。ポストシーズンで、日本一へ残された最後の挑戦権。3点を先制しても、ZOZOマリンスタジアムは異様な雰囲気だった。DeNA時代の2017年には日本シリーズを経験したが、比較しても「(ロッテの応援は)すごかったですね。どういう雰囲気になろうが18.44メートルの、バッテリー間には関係ないので、そういうものを吹き飛ばせるように、“無”にできるようにしていかないといけない」と言うのだから、もしかしたら、嶺井も大熱狂の雰囲気に飲まれた1人かもしれない。
来季は谷川原健太捕手も、捕手に専念する。1つしかないポジションの競争は、間違いなく激化する。プロ野球選手なら、試合に出ることが最大の価値。それを踏まえた上で、嶺井も「フルイニング出たいですけど、そういう役割ではない」と足元を見つめた。自分にしかできない、自分だからできるポジションだけは、誰にも譲らない。
「来年も出たいですけど、そういう立場でもない。ただ、勝つためにはそういう人も重要だと自分も思っている。ポジションは1つしかないですし、そこをみんなが『頭から最後まで』という考えでいてしまったら、後から出る人も、投手にも迷惑がかかると思いますので、しっかりと自分の立場をわきまえながらやっていきたいと思います」
試合数においてキャリア最少は1年目、2014年の10試合。DeNAの最終年にあたる2022年にはキャリアハイの93試合に出場した。ホークスに移籍して半分以下になった試合数だが、本人は「成績を見てみたら、そんな年も平気にあるので。『今年めちゃくちゃ少ないな』って感じは自分の中ではなかった」と語る。その一方で「まだできた部分もある」と言うのだから、悔しさが募ったシーズンだったことは間違いない。自分だからこそできる2番手捕手に、生きる道を見出す。
「タク(甲斐)がいてもタニ(谷川原)がいても、ウミ(海野隆司捕手)とか陸(渡邉陸捕手)もいますけど、そこはあまり自分には関係ない。自分にできることは自分にしかできない。誰もができる立場でもない。若い選手にそうなってもらっても困るので。そういうところで補っていければ」
2023年10月16日、日付とともに自分の役割は心に刻まれた。FA戦士として、嶺井博希の“色”でホークスに貢献してほしい。
(竹村岳 / Gaku Takemura)