3年目の節目を迎えた現在の心境は――。2020年の育成ドラフト1巡目で慶大からソフトバンクに入団した佐藤宏樹投手。大学時代はドラフト上位候補として評価された逸材だったものの、左肘のトミー・ジョン手術を受けて育成選手としてプロの世界へ。今季が3年目だが支配下昇格とはならず、7月末の登録期限を迎えた。
大学1年時には秋の東京六大学リーグで最優秀防御率のタイトルを獲得した左腕は、ドラフト上位候補と期待されたが、その後は左肘の怪我に悩まされることに。ドラフト2週間前に手術を受けていた。支配下での指名は叶わなかったものの、ポテンシャルを高く評価していたホークスは育成ドラフトで指名した。
プロ1年目の2021年は黙々とリハビリに取り組んだ。2年目の昨季、長く険しいリハビリを終えて念願の実戦デビューを果たすと、2軍の公式戦でも2試合に登板した。さらなるジャンプアップを目指した3年目の今季だったが、ここまで3軍で多くの時間を過ごしている。2軍戦登板はわずか1試合。佐藤宏は現状をどう受け止めているのか。
「(支配下登録に)なれるような実力が、その時にまずなかったので。自分でも『これでなったらおかしいな』ぐらいのレベルだった」
リバン・モイネロ投手の離脱により、左投手の台頭が望まれていた。7月末の期限を前に、2軍戦に“テスト”のような形で育成左腕たちが多く参加した。佐藤宏もその1人だったが、現実の厳しさを痛感していた。
「正直、もう補強されるだろうなって感じました。でも、仕方がないです。上のことばかりを考えすぎて、目の前のことが……って感じになっちゃうのが嫌なので、とりあえず、まず抑えていれば、なんかあるだろうって。まずは全力で投げて抑えて。『こんなに投げて抑えてもダメだったらしょうがない』ぐらいまでいかないと。そこからがスタートだと思うので」
結果的に、球団は残り1枠となっていた支配下の枠に、ダーウィンゾン・ヘルナンデス投手を補強した。その現実を受け止めつつ、佐藤宏は気持ちを切らすことなく、目先の試合で結果を出し続けることに注力した。
とはいえ、大きな手術を経て、いまなお、復活への道半ばにある。若田部健一3軍投手コーチも、「順調と言えば順調。そんなにうまいことはいかない。それだけ大きな手術をしているので」と言う。佐藤宏自身も「描いていた通りには近いと思うんですけど、去年ちょっと肩を痛めたのは想定外。今年は序盤から2軍でっていう形を描いてはいたんですけど、思うようにいかなくなって、だいぶ狂った」と本音も漏らす。
佐藤宏自身もトミー・ジョン手術を経験し、自分の左腕の感覚の違いを実感している。「元々がどんな感じだったかも覚えていないって感じです。でも、やっぱり肩とか痛くなったことがなかったのに、肘(の感覚)が変わったせいか、痛くなってきた」と、違和感は今も付いて回る。自分のイメージと、実際に投げる球とのギャップも感じていた。
皮肉なことに、7月末の支配下登録期限を過ぎたところから状態が良くなってきた。頭で思い描くピッチングを、徐々に身体で表現できるようになってきた。ただ、手術や怪我の影響以外にも力不足を感じる部分は当然ある。
「去年も今年も出てくる課題は一緒なんです。コントロールだったり、変化球でストライクを取ること、初球でストライクを取るとか。そういうのが、まだまだできる時とできない時があるので、2軍に呼んでもらえないよなっていう感じではありましたね」
「3者凡退が少ないんですよ。自滅するパターンも多々あったので、そういうのがあって呼ばれないというのもあると思う。波を少なくして、悪い時なりにも抑えられるようにしたい。ずっと安定した球速で、安定して抑えていかないと」
限られた2軍戦登板の機会でどうしても力が入る。「やっぱり失敗できないとか、そういう雰囲気になっちゃうんで。自分で自分を苦しめるじゃないですけど、ちょっと追い込んでしまって、苦しかったです」。精神的にも技術的にも越えるべき壁と向き合っているところだ。
同年代の選手の活躍はどうしても気になる。「すごいなって感じです。どちらかというと、いいところを盗みたい。なんでこんなにいいんだろうって気になっちゃいます」。中でも、気になる存在は巨人の山崎伊織投手。「侍ジャパン」大学代表のチームメートで、同じトミー・ジョン手術から復活した同学年右腕とは、手術をキッカケに連絡を取り合うようになった。
手術を受けたのは佐藤宏の方が後だったが、共にプロ入り前に手術を受けた。その山崎はプロ2年目で1軍デビューを果たし、2年間で39試合に登板。今季は19試合を投げて9勝と2桁勝利を目前にしている。先日、自己最速を更新する154キロも投じていた。「すごく速い球を投げているんで。しかも先発で。そんなに違うのかって。めっちゃいい投げ方してるなって思いながら見てました」。同じ境遇を味わった投手だけに受ける刺激は大きい。
「どうなるかは僕が決めることじゃないんで、来年があれば、ですけど、やれることをやっていきます」。オフに支配下登録とならなければ、一度、自動的に自由契約となる育成3年目。シーズンも終盤に入る中で、佐藤宏は目の前の試合での結果を求めて、ひたむきに前に進んでいる。逸材が花開く時が待ち遠しい。