西尾歩真と異例の早出守備 「中途半端はもったいない」本多雄一コーチの指導理念

ソフトバンク・本多雄一2軍内野守備走塁コーチ【写真:藤浦一都】
ソフトバンク・本多雄一2軍内野守備走塁コーチ【写真:藤浦一都】

「下手なら去るしかないし、上手い人は残る。ハッキリしている世界」

 2軍戦がナイターで開催されるとある日の昼頃、マンツーマンで守備練習をしている選手とコーチの姿があった。育成ルーキーの西尾歩真内野手と本多雄一2軍内野守備走塁コーチだ。本多コーチのノックを受ける西尾。時には1球ごとに本多コーチがバットを置き、身振り手振りを交えながら熱心に指導をしていた。

 2軍のホームゲームでナイター開催時、全体練習が始まるのは14時頃。その前に室内練習場などに出てきてアーリーワークで打撃をする選手は多いが、コーチとマンツーマンで守備練習に励むのは珍しい。これは本多コーチから西尾に声を掛け、行うようになったという。同コーチはその意図についてこう語る。

「彼は育成なので時間がないんですよ。本人が一生懸命やろうとしている姿を見て、なんかもったいないなって。見ていて『もっとこうできるのに』とか、こっちは思うんですよ。ただ、彼らにとってはまだ技術も経験もないので、どうやっていいかわからないんです」

 技術を磨くためにはとにかく練習が不可欠だ。ただ、プロ野球選手とはいえ、アマチュア時代は皆が皆、野球強豪校や恵まれた環境下で野球をしてきたわけではない。それが育成選手となれば、なおさらだ。練習する意欲はあるものの、練習方法や練習の方向性が分からない選手が多いと、本多コーチは感じていた。

「どうしたらいいかわからないんですよ。結局『やれ』『やれ』ばかりだと『じゃあどうやってやるの』ってなってしまう。そこからなんですよね、育成選手って。支配下の選手にもそういう選手はいるけど、待つんじゃなくて、こっちから行くことも大事なのかなって思ったので。待っているともう時間がないんですよ。支配下の選手はいいでしょうけど、育成選手は(支配下登録期限が7月末までと)時間が限られている」

「その中で自分もどうにか良くなってほしいから。これは自分の勉強にもなるし、西尾にとってもいろんな引き出しをこちらから伝授してあげるってことでいいのかなと思った。このまま試合だけやっていても上手くはならないですよ。やっぱり練習を重ねていかないと。試合の反省の中で、なんで悪かったのかっていうところは2人で突き詰めていかないと。1人で突き詰めようとしても、絶対にわからないです。どうだったかっていう彼の話を聞きながら、練習に繋げている感じです」

 西尾も気付いたことや感じたことを本多コーチに伝え、話し合いながら練習を進めていく。本多コーチは「身体の構造、作り、バランスも人それぞれ違うので。だから、西尾にはこうだけど、仲田(慶介)にはこうっていうふうに全員教え方も教える内容も違います。その辺はちょっと大変ですけどね」。西尾には西尾の教え方がある。2軍の内野手1人1人と向き合い、指導を行っている。

 西尾の課題の一つは股関節の使い方にある。捕球体勢に入る際、いわゆる“股割り”の姿勢で股関節に力を入れられず、腰が抜けて上体しか動かないのだという。走攻守全てで股関節は重要だが、今の西尾は下半身を使えていないという。本多コーチは「(西尾は)股関節の使い方がまだわかっていない。それって内野手にとって、とても大事なことなんです。瞬時の判断が必要なので、そこはまずもう絶対条件で改善していかないといけないですね」と指摘する。

「あの身体なのに、バットの出し方とかミート力とか(良さが)あるんです。崩しちゃいけないところは崩しちゃいけない。彼が今まで野球人生でやってきたことを継続しつつ、プロのレベルになるとそれだけでは補えない所もある。結果が残っている時はいいんですけど、出なくなった時に『じゃあなぜか』って言ったら、結局そういうところに行き着く。足の速さが多少あったとしても、まだ盗塁を出来る感覚と経験、使い方が上手くはないので、そこに繋げていってあげないといけない」

「もったいないですよ。いいところはあるんですけど、“2軍でいいところ”なんです。2軍だったら今のままでいいし、守備のアーリーワークをする必要もないと思います。ただ、彼らは多分そんなことは望んでいないでしょう。支配下になって、上でプレーするっていうのが目標であって、それが目的で入って来ているので、放っておくわけにはいかないです」

 本多コーチの言葉は愛と厳しさと、大切な選手を預かる責任感に満ちている。選手たちにはそれぞれ光る個性があってプロの世界に入ってきている。ただ、その個性を発揮するための土台や引き出しがない育成選手こそ、コーチが気付きを与えて導く必要があるのだろう。

 小久保裕紀2軍監督も常々、この世界の厳しさを選手たちに伝えている。自らが率先して練習しない選手は絶対に伸びない。試合後の特打や特守も、首脳陣が声をかけて“させる”練習は、あえて減らしている。全体練習や試合以外での“上積み”は、選手個人の意志に委ねられている。

 本多コーチは「ある程度こちらからアプローチする場面で、あまり言い過ぎず、選手の方からどうだろうかって問いかけてくるような接し方をしていかないといけない。こっちばかりバーって行くと、選手って引いちゃう。いろんなコーチがいて、いろんな話を聞きすぎると、頭がこんがらがるし、それは自分も経験したことがある。放っておくわけではないんですけど、自分の野球人生なので」。支配下選手と育成選手では置かれた立場、状況は違う。コーチとしての接し方も異なる中で、選手の自主性を引き出す工夫をしている。

「だって下手なら去るしかないし、上手い人は残るんです。そういうのがハッキリしている世界なので、中途半端な人はもったいないと思う。別に泥臭い野球でいい、かっこいい野球じゃなくていいんで。そういう精神力があったか、なかったか、そこはもう人間性にかかってくる。負けん気があったか、ナニクソ魂があったか、とか」

 そういう気持ちを本多コーチは育成の西尾や仲田から感じている。「だから、彼らには支配下を超えて欲しいんですよ」。コーチのことを突き動かすのは、やはり選手の熱量だ。それは支配下の選手だろうと、育成の選手だろうと変わりはない。本多コーチは選手の思いに寄り添いながら、愛ある厳しさを持って選手たちを導こうとしている。

(上杉あずさ / Azusa Uesugi)