1年目に見た背中が今、指導者となって自分を導いてくれている。恩返しとなる白星だ。ソフトバンクは15日、敵地・神宮球場でのヤクルト戦に延長戦の末に9-7で勝利した。同点の9回に登板した武田翔太投手が1回無失点で今季初勝利をつかんだ。「こういう厳しい場面で投げて、野手の人たちにも助けられて、よかったと思います」。送り出した斉藤和巳投手コーチの期待にも応える白星となった。
シーソーゲームとなったヤクルトとの3戦目。8回に津森宥紀投手が同点弾を浴び、9回に突入した。この回、マウンドに上がった武田は先頭の並木を空振り三振に斬り、まず1死とした。続く村上はフルカウントから直球、スライダーとファウルにされ、8球目のナックルカーブで空振り三振に仕留めた。サンタナに四球を与え、オスナには痛烈なライナーを打たれたが、三塁の栗原陵矢外野手がジャンピングキャッチ。好守にも救われてバトンを繋ぐと、延長10回に打線が勝ち越し。武田に白星が転がり込んだ。
信じてくれる人のために準備してきた。開幕ローテーション争いから漏れ、ファームで調整していたある日。斉藤和コーチから連絡がきた。「頑張れよ」「待っているからな」。交わした言葉こそ多くはなかったが、1軍のコーチがファームの選手に連絡をするということから、しっかりと期待は受け取っていた。武田自身も「2軍でも投げた試合も見てくれているんだなって思ったし、ありがたかった」と奮い立ち、1軍を目指してきた。
武田がドラフト1位でプロ入りした2012年、斉藤和コーチは「リハビリ担当コーチ」を兼務して、西戸崎で復帰を目指していた。結果的には2013年7月に復帰を断念して引退したが、当時の姿は、武田が「声なんてかけられない雰囲気だった。和巳さんがウエートしていたら(他の選手は)部屋に入れなかった」と言うほど。プロ1年目に見た、1軍のマウンドを目指す鬼気迫る姿勢は今も忘れられない。19歳の武田にすら「間違いなくオーラを感じた」という。
斉藤和コーチは今季から1軍の投手コーチに就任した。「現役の時の和巳さんで止まっていた」と、そのイメージは変わらないまま、選手と投手コーチとして再会。ひょうひょうとした武田ですら当然、少しは怖気づいたという。それでも、自分から一歩を踏み出した。斉藤和コーチが投手コーチに就任し、初めてPayPayドームで顔を合わせると「疑問に思っていたことを全部聞いた」。プロ1年目だった時、なぜ、あそこまでの雰囲気を出して練習していたのか。
「とにかく『隙を見せない』ということだった。和巳さんの中では『練習中に声をかけられる』ということが、隙があるっていうことだと思っていたみたいで。そこまでできるのはすごい思いました。人よりやっているからこそ、そういう雰囲気になるんだなって」
5月3日のオリックス戦(PayPayドーム)では、2回11安打6失点でKOされた。斉藤和コーチの目から見れば“隙”があったのかもしれない。姿勢の面も指摘され「だからこの数年こんな感じなんやろ」とまで言わせた。6月7日にリリーフとして昇格して以降は5試合連続で無失点だ。試合を作る先発投手と、目の前の打者に集中するリリーフ。この日の「魂込めて投げるしかない」という言葉も、武田なりに変わろうとしている証だ。
今年4月には30歳を迎えた。この白星で高卒入団から12年連続の勝利。先発として2度、2桁勝利を挙げた経験もある右腕だが、6月に昇格すると、こんな言葉を漏らした。「今はとにかく、なんでもいい。本当にやるしかない」。まだまだ信頼を取り戻す途中だからこそ、目の前の1球1球に気持ちを乗せる。心から応援、期待してくれる人たちのためだけに――。