「最後は自分でケツ拭かな」 尾形に“感情むき出し”のすすめ…斉藤和巳コーチの思いと信条

ソフトバンク・斉藤和巳1軍投手コーチ【写真:藤浦一都】
ソフトバンク・斉藤和巳1軍投手コーチ【写真:藤浦一都】

声を出すスタイルの尾形崇斗投手…「周りに『投げた後に吠えるな』と言われた」

 マウンドで吠え、魂を込めたピッチングにかつてファンは酔いしれた。ソフトバンクの斉藤和巳投手コーチは思い悩む尾形崇斗投手の背中を押した。「どうもなんか物足りないというか。どこを求めているのか、どこを求めさせられているのか、全然見えへんかったから」と偶然に顔を合わせたPayPayドームで20分ほど2人で話し込んだ。

 尾形が悩んでいたのは、自身の代名詞でもある投球時に声を出すスタイルについてだった。「正直、周りに『声出しすぎ』とか『投げた後に吠えるな』とか言われたりした」という右腕は、斉藤和コーチから「いい時はダイナミックに投げたりとか、自分を最大限に表現しようとしている」と言葉をかけられた。

 昨季の1軍登板は、9試合にとどまった。周囲からの声は悩みとなり、成績も上向かなかった。斉藤和コーチはどんな思いで尾形に助言したのか。「それがいいのか悪いのかは別にして」と前置きした上で、キッパリとこう語った。

「去年とか一昨年とか、解説をしていてあいつが1軍とか筑後で投げているのを見ていても、育成から支配下になった時のイキイキとしていた感じが見受けられなかったから。それで自分の良さが生きているなら問題ないけど、消えているとか、自分の中で手応えがないのなら、別に(声を出さないことに)意味はなくないかって」

 声を出すスタイル以上に斉藤和コーチが大事にしてほしかったのは、マウンド上で自分を最大限に表現しようとする姿勢だった。その結果として声が出るのなら、周囲の“雑音”は気にするべきではない。プロ野球は結果の世界。自分の体1つで稼がないといけないことも、周りは誰も助けてくれないことも、エースとして生きてきたから理解している。

「この世界、結果も大事やけどさ、最後は自分でケツ拭かなあかんねんから。周りに言われたことが全て正解と思う必要もないし……。納得してやってるならいいんやで。でも、そうじゃないんやったら、周りから『え?』って思われても、自分が納得する形でやらないと。この世界はいつか辞めないとあかんねんから、いらんって言われたら終わりやねんから。ただその単純なことよ」

 プロ野球なのだから、うまくいかなかった時に、周囲が責任をとってくれるはずがない。責任も可能性も、いつだって自分の中にある。「何を言われようと、自分が自分のケツを拭くって覚悟があるのなら、自分がやりたいようにやって、結果を残せばいいんちゃう? っていう、そんな話をしたつもり」と尾形の背中を押した。

 当然、斉藤和コーチも「チームプレーであり組織。よく言われる個人事業主ってところもあるし、そのバランスは非常に難しい」と周囲の気持ちも大事だと強調する。2度の沢村賞に輝くなど、まさに鬼気迫るオーラで打者を圧倒した現役時代。マウンド上であれほどまでに闘志を剥き出しにできたのはなぜなのか。

 問いかけると、こう即答した。

「いろんなものを背負っていると思っていた。自分だけの1球じゃなかったから」

 エースである自分の投球には、もちろんチームの勝敗がかかっている。もっと言えば優勝するのか、2位で終わるのか、順位によって球団の売上にまで影響があるだろう。野手、リリーフの選手たちの生活に加え「応援しているファンの人の気持ちもあった」と、全てを背負ってマウンドに立っていた。「そのために投げる1球じゃないと、俺は覚悟を決められなかった」。自分がエースになれたのは、周囲の支えがあったからだ。

「だから周りの人に感謝、応援してもらえることはありがたいと常に思っていた。野手の人にも打ってもらえて、守ってもらえてありがたかったし、そこにミスがあったとしても何も思わない。チームプレーだから。助け合いやし、助けてもらっているし、助けたいとも思う。人って誰かのため、何かのためってなるとさ、自分の見えない力、感じない力が出たりするから。それを感じた時に『あ、俺こんなに力があるんや』って。自分では知らないところでそれを感じさせてもらえるのはありがたいこと」

 さっそうと去っていく背中からは、背負ってきたものの大きさと重さが伝わってきた。「俺は器用じゃないからさ。そうやってシンプルにシンプルにやった方が(力が)出るタイプだったのよ」。マウンドの姿が、斉藤和巳の生き様そのものだ。

(竹村岳 / Gaku Takemura)