【連載・甲斐拓也】歓喜の輪で中村悠平と抱き合った理由 重圧、恐怖と戦い続けた1か月

WBCに出場したソフトバンク・甲斐拓也【写真:荒川祐史】
WBCに出場したソフトバンク・甲斐拓也【写真:荒川祐史】

「僕ら3人にしかわからない部分がある。それをやり切ったというのが嬉しかった」

 鷹フルでは2023年シーズン、4人の選手に毎月インタビューを行い、月イチ連載として、ホークスの1年の戦いを追いかけていく。1人目は野球日本代表「侍ジャパン」のメンバーとしてワールドベースボールクラシック(WBC)優勝にも貢献した甲斐拓也捕手。前編では激戦の末に世界一に辿り着いたWBCでの裏話を明かす。

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 大谷翔平対トラウト。ドラマでも描けない最終決戦の末に、「侍ジャパン」は3大会ぶりの世界一に輝いた。悲願を成し遂げ、大谷を中心にして出来上がった歓喜の輪。その少し外側で甲斐と中村悠平捕手(ヤクルト)が固く抱き合っていた。計り知れない重圧と戦い続けた約1か月。捕手としての苦労を分かち合い、互いを労い合うような瞬間だった。

「キャッチャーって独特なんです。試合に入るまでの緊張はありますし、キャッチャーってものすごく怖くなる。あの試合に出るというところに恐怖があると思うんです。宮崎からずっと悠平さんと(大城)卓三とやってきて、やっぱり僕ら3人にしかわからない部分があると思うんです。それをやり切ったというのが嬉しかったですし、僕としてはそういう思いでした」

 世界一を争う世界最高峰の舞台であるWBC。国民の期待を一身に背負って、国の威信をかけて戦う選手たちのプレッシャーは見ている者には計り知れないもの。その中でも、特に扇の要としてプレーする捕手はとてつもない重圧と恐怖心と戦っている。甲斐は言う。

「とんでもない恐怖でしたね。注目は浴びていますし、自分の出すサインで試合が左右されることもある。ボールに多く関わるポジションでもあるんで、ミスが絶対にないわけじゃない。僕らキャッチャーだけじゃないですけど、ミスをして、それで負けたときっていうのはもう本当に日本に帰れるのかな、ぐらいの怖さがありました。シンプルに心臓もバクバクしますし、頭も痛くなるぐらいのレベル。考えても考えてもいろんなものが頭の中をよぎってくる。それくらい恐怖でした」

 全てのボールに関与する捕手という役割。試合中ももちろんだが、試合に向けて膨大な時間を準備に費やす。今大会も村田善則バッテリーコーチを中心に3人の捕手で連日ミーティングを行い、相手打者をチェック。自室に戻ってからも映像を見返し、その特徴をノートに記すなど、グラウンドを離れても、息つく時間はほとんどなかった。

 練習中でさえも緊張感があった。「いろいろな確認をしていかないといけないんで。ワンバウンドストップとかスローイング、基本的なものでも自分の中で確認しておかないと不安になる。『今日はいいや』という風には出来ない。そこも準備だと思います」。ピンと張り詰めた空気の中で毎日を過ごしていた。

 そんな中で捕手陣の支えとなったのが村田バッテリーコーチの存在だったという。

「村田コーチという存在はやっぱり大きかったんじゃないかなと思います。村田さんが曖昧に言わず、はっきりと(方針を)言ってくれるんで、僕たちはやりやすかったところがあると思います。(相手の)穴を教えてくれて、どういったところがツボなのかという話をしてくれて『こういうケースはいっちゃっていいから』って、そこまでの話をしてくれた。中途半端にならず、僕は腹を括ってサインを出せたところにもあります」

 捕手でのミーティングで村田コーチははっきりと方向性を示してくれた。1人1人の捕手だけに責を任せるようなことはせず、担当コーチとしての責を負ってくれた。村田コーチがそういった姿勢でいてくれたことで、捕手たちはブレることなく、芯を持ってサインを出し、投手陣を導いた。

 歓喜の輪が解けたあと、甲斐と中村、そして大城の3人はひっそりと村田コーチを胴上げしたという。中村との歓喜の抱擁、そして村田コーチの胴上げ。「チーム捕手」の間でだけ分かち合える重圧、責任、苦労……。1か月にわたって共に戦ってきた“同志”による安堵と歓喜に満ちた瞬間だった。

(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)