瞳を潤ませて「すいません」 謝る甲斐野央に言葉をかけた奥村政稔の思い

ソフトバンク・奥村政稔【写真:福谷佑介】
ソフトバンク・奥村政稔【写真:福谷佑介】

「ずっと中継ぎをやっていたので、中継ぎの気持ちはすごい分かる」

 瞳を潤ませ、真っ直ぐにグラウンドに目を向ける甲斐野央。奥村政稔はその背後から歩み寄ると、そっと肩に手を置いて言葉をかけた。プロ初先発で手にしていたプロ初勝利の権利。記念すべき白星の権利が消えても、落胆の色は見せず、悲嘆に暮れるチームメートを慰めた。

「甲斐野がもうずっと『すいません』『すいません』って言っていたんで。自分も去年、一昨年ってずっと中継ぎをやっていたので、中継ぎの気持ちってのはすごい分かるんで」

 大分の中津商から九州国際大、三菱重工長崎、三菱日立パワーシステムズを経て、26歳だった2018年のドラフト7位でソフトバンクに入団した奥村。この年のドラ1が甲斐野だった。奥村自身も2019年、2020年と1軍で登板した17試合は全て中継ぎ。登板日の決まっている先発と違い、中継ぎはいつ出番が来るかは分からず、たとえ調子が悪くても抑えなければいけない。

 どれほど優秀なリリーバーでも全試合抑えることは難しく、時として打たれることもある。奥村も勝利投手の権利を消してしまったことも、試合を壊してしまったこともある。そんな時の中継ぎ投手の気持ちが、この日の甲斐野の気持ちが、痛いほど分かる。野球はチームスポーツ。誰かを助けることもあれば、助けられることもある。だからこそ、たとえ自分の初白星の権利が無くなっても冷静だった。

 709日ぶりの1軍登板、そして4年目にして巡ってきたプロ初先発のチャンス。「自分のやりたいことはできました。昨日の夜とかの方が緊張していて、投げ出したらそんなに緊張はしなかったです」。休養のため先発を回避した和田毅の代役として上がったマウンドだったが、十分すぎる内容を見せた。

 いきなり初回1死から高部に先制のソロを浴びた。先制点を奪われたものの「連打連打じゃなかった分、気持ちの切り替えもできた」。2回以降はカーブ、フォーク、カットボール、ツーシームと多彩な変化球を低めに集め、得点を許さなかった。4回2死一、三塁でも安田をカーブで二ゴロに仕留めてピンチを脱出。5回を投げて無失点に抑える好投だった。

 勝利投手の権利を持って5回でマウンドを降りたが、バトンを受け取った甲斐野が3安打を集められて同点に追いつかれ、奥村の初白星は消えた。さらに7回には津森宥紀が勝ち越しを許した。プロ初先発の試合は悔しい逆転負けに終わったものの、奥村は「甲斐野とは同期やし、自主トレもずっと一緒にやっていたっていうのもあったんで、全然。そりゃ勝つに越したことはないですけど、津森であったり“チーム森”でリレーできたことが、すごい嬉しいなという気持ちです」と、森唯斗投手の下で自主トレに励んだ“同志”でのリレーを喜んでいた。

 もちろん、この日の投球に満足したわけではない。「去年、(投手コーチだった)倉野(信次)さんから口酸っぱく、先発は5回より6回、6回より7回を投げないと評価が違うと言われていたので、初先発で5回ですけど、そこに満足は自分の中でしたくないなっていうのはあります」と奥村は言う。

 ただ、1軍で6回、7回と投げていくのは容易ではない。それはこの日のマウンドでも痛感した。「ファームで投げるのと疲れ方も全然違った。まだまだ自分の中に体力がないなっていうのは感じていましたね、投げながら」。2軍での先発では感じたことのない疲労。1軍の舞台で先発として投げることの難しさも知った。

 もともと、5回での降板はベンチの想定通り、いや期待以上だった。藤本博史監督も「しんどい中でよく頑張ってくれたと思うし、またチャンスあるんじゃないですか」と、再び先発のチャンスを与えることを示唆していた。逃した初白星を今度こそ。願わくば、甲斐野とのリレーで記念の白星をつかんでほしい。

(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)