同じ大分出身…川瀬晃からも惜別の言葉「寂しい気持ちが一番です」
努力の結晶でもあるノートには、簡単に触れることすらできなかった。川瀬晃内野手が鮮明に覚えているのは、“甲斐キャノン”を弾いた日だ。
巨人は17日、ソフトバンクから国内FA権の行使を宣言していた甲斐拓也捕手の獲得を発表した。「今の自分があるのは、間違いなく、ホークスに育てていただいたおかげです。心から感謝していますし、今回も素晴らしい条件提示をいただき、本当にありがたい気持ちでいっぱいです」。プロとして14年間を過ごした福岡に別れを告げて、新天地にセ・リーグを選択した。
川瀬は、甲斐と同じ大分出身。先輩の決断を「僕は記事で知りました。拓也さんは入団の時から、出身も同じですし。何度もご飯に連れて行っていただいた。プライベートだけじゃなくて、野球のこともたくさん教えていただいたので、寂しい気持ちが一番です」と別れを惜しんだ。今季がプロ9年目。1軍で完走し、欠かせない戦力になった今も、“甲斐キャノン”を弾いた日が忘れられない。
「初めて1軍に上がった時に、拓也さんのセカンド送球(のスピード)が速すぎて、弾いてしまったのを覚えています。グラブには入ったんですけど、思った以上に球がきたので、“上っ面”に当たってアウトにできなかったんです。その時に改めてすごいと思いました」
2019年の出来事だったという。「交流戦か、オープン戦でした。カープ戦だったと思うんですけど」。2018年、広島との日本シリーズで甲斐は6度の盗塁阻止に成功しMVPを獲得した。まだ1軍に定着する前だった川瀬だが、1人のプロ野球選手として、多くの捕手と出会い、数多くの守備練習をこなしてきた。それでも衝撃を受けるほどのスピード感だった。「もう、その時はよくわからなかったんですね。なんで捕れなかったんだろうって」。相手チームの打球だけではない。“甲斐キャノン”を意識したポジショニングがあると明かす。
「キャッチャーが拓也さんの時はセカンドベースに近いんです。捕ってからも早いですし、球も強いので。盗塁された時、普通の定位置から(二塁のベースタッチに入っていては)では遅れてしまうんです。どうやったら入れるか、僕の中では拓也さん専用の場所がありました」
2020年から1軍出場を増やし、甲斐との距離感も近くなっていった。川瀬の印象に残っている姿は、捕手として誰よりも準備をするところだった。
「相手バッターだったり、自チームの投手を一番わかっている人。一番勉強しているなと感じます。僕がそう言うのも失礼なくらいです。試合が終わっても、反省されていて投手と会話をしていますし。拓也さんのノートは本当に分厚いんです。データがめっちゃ書かれている紙があったり、5球団のファイルがあって、そこにいろんなことが書かれている。143試合あるわけじゃないですか。その試合ごとにベストを尽くすじゃないですけど、準備がすごいなって思います」
今シーズン中も時折、試合中でも自ら投手にノートを見せながら、対策を練る姿があった。甲斐の努力と準備が詰まった5冊のノート。川瀬も「さすがに中身は見られないです」と簡単には触れられなかった。「毎日書いていましたし、投手と対戦相手の映像はiPadで一番見られていた方。拓也さんで打たれた配球でも、みんなが納得するような、そんな先輩でした」。徹底的な“仕込み”からは、たくさんのことを学ばせてもらった。
リーグは違えど、交流戦では対戦する機会がある。もしかしたら甲斐のノートに「川瀬晃」の名前が刻まれるかもしれない。「拓也さんも研究されると思いますから。まずは成長した姿でお会いできるように。どういう配球をしてくるのか、楽しみです」。攻守で相手の想像を超え、チームを勝たせる。川瀬にとっても、それが一番の恩返しだ。
(竹村岳 / Gaku Takemura)