周東佑京にとって和田毅という存在は「僕の妻の、おばあちゃんがファン」
自分だけが呼び出された。「佑京、ちょっといい?」。席から外れ、2人だけの会話で引退は明かされた。
ソフトバンクは5日、和田毅投手が今季限りで現役を引退することを発表した。同日にみずほPayPayドームで行われた会見。花束を渡すためにスーツ姿で現れたのが周東佑京内野手だった。総勢11人がサプライズで登場した中で、1番手として大役を任された。「選手会長として、っていうのがあるんじゃないですか? 言われた順番で行っただけです」。そう口にしつつも、しっかりと大ベテランの晴れ舞台を彩った。
現役22年間で日米通算165勝を挙げた左腕。2017年育成ドラフト2位で入団した周東にとっても「本当に雲の上というか、レジェンドというか。そんな感じです。妻のおばあちゃんがファンだって言うくらい、すごい人です」と語るほどの存在だった。1軍でプレーを重ねるごとに、自然と関係性は深まっていった。「経験もありますし、いろんなことを知っている先輩です。優しいです、一番は」。和田の背中を追いかけてきた。
「和田毅、現役引退」という一報。どんなシチュエーションで知ることになったのか。
発表前日の4日夜、福岡市内で祝勝会が行われた。柳田悠岐外野手や近藤健介外野手、山川穂高内野手らも参加し、1年間の戦いを労いながら焼き肉を楽しんだ。会が進んでいく中で和田はテーブルの1つ1つを回りながら、自身の進退を後輩たちに報告していった。
選手たちが同じ場所に集まるという貴重なタイミング。集合時間が近づき、乾杯をしようとする少し前だった。「佑京、ちょっといい?」。周東は和田に呼び出された。席を立ち、2人だけで入り口付近にまで移動すると、こう告げられた。
「一番最初に佑京に言うけど、今年で辞めるから」
和田が現役引退について事前に知らせていたのは小久保裕紀監督、倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)、鈴木淳士1軍チーフトレーナーの3人だけ。選手の中で「最初」に知ったのが周東だった。「選手会長だからというのもあると思いますし、同じアディダスを使わせてもらっていますし」と理由を推察する。尊敬する先輩から一番に報告をされ、背筋は真っすぐに伸びた。
「いつかは来る瞬間じゃないですか。それが今日なのか……と思いました。ショックもありましたけど、和田さんが決めたことですし、お疲れ様でしたという話はしました。悲観というか、そういう感じもなく『今年で辞めるから』と。清々しいというか、すっきりした感じでした」
2人の共通点は、リハビリ期間に生まれた。周東は2021年9月に右肩を手術。「和田さんに『どんな治療をしていました?』とか、『注射を打たないといけないんですよね』とか。お話を参考にさせていただきました」。左肩の痛みと長い間付き合ってきた左腕の言葉は、なによりもの道しるべだった。「どこをどうしたらいいのか、投げる時にこうしたらいいんじゃないか、とかアドバイスをもらいながらでしたね。投手と野手で違いますけど。結局、肩の動かし方的には変わらないですし」と、懐かしそうに辛い期間を振り返っていた。
引退会見で左腕は膝を痛めていたことを明かした。選手会長にとっても、今季は左膝の違和感と向き合う日々だった。「僕も膝が悪かった時に、いろいろと相談させてもらっていました。最後(リーグ戦の終盤から日本シリーズ)もそうですけど、ずっとお話を聞きながらやっていました」。リーグ優勝に輝いた今季も、たくさん助言をもらっていた。「野球選手として、人としてすごいと思います。引き出しも多いですし、尊敬しています」と、迷いのない口調でキッパリと言った。
共通点はもう1つ。2月が誕生日ということだ。周東が10日、和田は21日。「誕生日会」と称して、春季キャンプ中に選手を集めて食事をしていた。「毎年、和田さんが企画してくれるんです。僕や三森が集まって、いつもやってくれますね」。今年は、10月9日が誕生日の柳田も参加していたという。先輩からも、後輩からも愛される存在。「だから40歳を超えても、第一線でプレーされているんでしょうね」。スピードスターも偉大なベテランの背中を見て、多くのことを学んできた。
スーパースターの引退は、“時代”の変化を意味する。今季から選手会長に就任すると、栗原陵矢内野手とともにチームを引っ張ろうと努力してきた。節目のたびに「僕とクリで頑張ります」と言葉にしてきた。和田の引退を踏まえ、どのようにして後輩たちに“魂”を繋げていきたいのか。
「投手と野手で練習メニューも違う。自主トレには藤井(皓哉投手)や板東(湧梧投手)とかも行っているじゃないですか。僕だけじゃなく、トレーニングを一緒にやってきた選手がやればいい。そういう選手と一緒に、繋げていけたら思います」
自分以上に、大先輩の背中を見てきた選手たちと、ホークスの新しい歴史を紡いでいく。「一番最初に佑京に言うけど、今年で辞めるから」。告げられた“最初の報告”。和田の優しい口調も、清々しかった表情も、そしてカッコいい生き様も、絶対に忘れない。
(竹村岳 / Gaku Takemura)