ホークスは4年ぶりのリーグ優勝に輝きました。鷹フルでは、若手からベテランまで選手1人1人にスポットを当てて、今季を振り返っていきます。今回は、大卒5年目でキャリアハイの49試合に出場している海野隆司捕手です。常に苦しんできたのは、甲斐拓也捕手との“比較”。もし「拓さんだったら……」。ホークスが誇る正捕手の偉大さを実感したと言います。守り続けてきたのは、先輩との距離感。「失礼」という一線は、絶対に越えないようにしていました。
甲斐に続く2番手の捕手。近年、ホークスが抱えていた大きな課題の1つだった。昨シーズン中、小久保裕紀監督に海野は「5番手」と表現されたこともあった。「1軍の試合に出たいと思っていましたし、活躍するためにプロ野球に入ってきた。自分としても歯がゆい気持ちではずっといました。シンプルにそろそろちゃんと結果を出していかないと危ない立場だったので、そういう気持ちではいました」と、危機感を胸に今シーズンに飛び込んだ。
28日を終えた時点で49試合に出場して打率.173、2本塁打、10打点。海野自身の中でも「課題はいろいろあるんですけど、バッティングをメーンというか、一番力をやっていました。自分の中でもコロコロ変えることが多かったので、それを固めようということでやろうとはしていました」と言う。打率は1割台に沈んでいたものの、あらゆる面で1軍の力になろうと努力してきたつもりだ。
リーグ優勝が決まる9月23日まで甲斐、海野の他に、1軍でマスクを被ったのは嶺井博希捕手だけ。シーズンのほとんどを「2人体制」で戦ってきた。海野にとっても甲斐と過ごす時間がとにかく多かった。苦しんできたのは周囲からの目線であり、“比較”だった。「ホークスの選手はみんな拓さんを見てきているので、あれが正直普通になっていると思うんです。あの人に追いつくことは、本当に無理なものくらい、すごいことなんですよ」と、今季感じた苦悩を打ち明けた。
「拓さんがこのチームではずっと正捕手としてやってきています。守備って、めちゃくちゃ上手いし世界一と言っていいくらいの守備ではあるので。追いつくっていうのは簡単な話じゃない。その中で自分とか、他のキャッチャーが出たらどうしても比べられるのはあります。変なミス、1個のミスでも、めちゃくちゃ大きなミスと見られてしまう。『拓さんだったら、拓さんだったら……』って、そういうふうに言っていないかもしれないですけど、やっぱりこっちとしては、やっている本人が一番感じます」
今季の甲斐は失策1で守備率.999。過去にはゴールデングラブ賞を6度受賞し、2021年の東京五輪、2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では世界一も経験した。甲斐自身が築き上げたものは、もうホークスにとって「普通」と感じるまでに大きくなっていると海野は言う。だからこそ、自分がマスクを被る時は「チームの勝ち負けはもちろんあるんですけど。変なミスとか、それはしないように。気を抜かないようにしています」と、当たり前のプレーができるように意識を徹底していた。
2019年オフに甲斐は背番号を19に変更。空き番号となった62を、ドラフト2位で入団した海野が受け継いだ。「優勝しなきゃいけないチームでキャッチャーをやる。勝って当たり前と言われたりもしますし、その中でリーグ優勝、日本一も何回もなって、国際大会にも出た。もちろん試合に出ないとわからないんですけど、他の球団では正直感じられない。ホークスという球団でスタメンで出なきゃわからないことだと思います」。経験を積めば積むほど、甲斐の偉大さがわかる。常に“後継者”として期待され、比べられてきた海野だからわかることだ。
かつては自主トレをともにしたが、2023年からは“卒業”した。「同じチームの同じポジション。他のポジションはまた別だと思いますけど、キャッチャーって1つしかないので。そこを取るには一緒にやっちゃダメかなと思いました」と回想する。甲斐拓也という存在に本気で挑むため、自分自身でオフも練習を重ねると決めた。今シーズンの捕手2人体制という中でも、交わす言葉は多くない。「失礼」という一線を越えてはいけないと、わかっていたからだ。
「こっちからいろいろと聞くことも失礼だと自分は思っています。教えてください、とか。『ここはどうでしたか』とか試合中にはありますけど、ブロッキングとかスローイングをこっちから『教えてください』というのは……。それは自分もある程度はやってきた(プロで5年)こともありますし、逆の立場になっても教えたくないと思うので。見て勉強はしていますし、さっきも言ったように真似できることじゃないし、追いつくのも簡単なことじゃないですから」
実感した甲斐の具体的なすごさは、体の強さだという。「怪我のことは1回も聞いたことないですね。本当にすごいと思います」。どれだけアザができても、弱音の1つすら吐かない姿を眺めてきた。1軍でシーズンを戦い抜いたからこそ、偉大な先輩はまだまだ遠い存在であることを理解させられた。「『越えたい』とか、もう簡単には言わないです。試合に出たい気持ちはもちろんありますけど、拓さんよりも試合に出たいというのは簡単な話じゃない」。壁の高さは誰よりも分かっている。だからこそ海野は決して、甲斐に憧れてはいなかった。