「ショートを守れる柳田」と期待された大型遊撃手 20歳の現在地
悔しさを1人で抱え込んできた。高卒2年目のイヒネ・イツア内野手は自身の現状を「こんなもんか」「自分にガッカリした」と語った。8月末からは2軍の“表舞台”から離れ、バットを振り込む日々を送っている。
2022年ドラフトで1位指名を受けた攻守にスケール感のある逸材。「ショートを守れる柳田」との期待も込められたが、プロ1年目の昨季は怪我で多くの時間をリハビリに費やした。そのため、試合に出続けるのは今季が実質1年目。開幕から2軍で多くの出場機会を与えられてきた。
チームで3番目に多い82試合に出場し、打率.177、2本塁打、19打点(ともに12日現在)。パンチ力を見せつける本塁打を放ったり、守備でもインパクトのある強肩やしなやかなプレーを披露したりするなど大器の片鱗は見せたが、成績を残すのは簡単ではなかった。イヒネが口にしたのは自らに抱く率直な思いだった。
「手応えは全然。課題がたくさん見つかったって感じです。でも、『こんなもんか』って思ったんで、自分が。自分にガッカリはしたんですけど、そんな暇もないんでって感じですね」。イヒネは静かに現状を受け止めつつも、「もっとやれるとは思っていたんですけど……こんなもんなんだって」と肩を落とした。
一方で、冷静な目で20歳の現状を語ったのは荒金久雄コーディネーターだった。「想定内。『(打率).180のエラー20個くらいするから、気楽に行けよ』って(イヒネに)言っていたんだけど、終わってみたら(同).177で、本人はへこんでいた。春先に見た時、『多分そのぐらいだから。.250打ったらすごいよね』みたいな話をしていたから、(今の成績は)『やっぱりね』みたいな」。苦戦は織り込み済みでプレーを見守ってきた。
「見ていたら、(状態が)良くなったり悪くなったりもあったけど、出る数字も想定内で。2軍で経験を積ませるという前提できたけど、あと1か月やってももう変わんないよねと。ここから劇的に良くはならないでしょう、みたいな話になって」。荒金コーディネーターがイヒネに提案したのは、約1か月の“打撃特化”だった。
2、3軍から離れ、打撃練習に重きを置いた1か月を送る、いわば“ミニキャンプ”のような形だ。行き詰った現状のまま試合に出続けるよりも、今から打撃を強化し、シーズン終盤やフェニックス・リーグに臨む。そこで得る自信を来季に繋げるのが得策だと考え、本人に打診したという。イヒネも「メリット、デメリットを考えた時に、今ここでそういう期間を設ける方がいいかなっていうのは大きかったんで。割とすんなり(受け入れた)って感じ」と明かす。
シーズン中の“打撃特化”は、球団として今年が初めての取り組みだ。「イヒネも間違いなく(打撃力が)上がる」。荒金コーディネーターがこのアプローチに手応えを感じているのは、良い前例があるからだ。
実は5月に最初の“打撃特化”が行われていた。選ばれたのは佐藤航太外野手と山下恭吾内野手。「2人はバランスのいい選手だけど、バッティングが将来的に足を引っ張るんじゃないかという見立てがあった。前からそういうのをやりたいよね、みたいな話をしていて。春先はまだ(各軍に)人数もいっぱいいたから、じゃあ1か月やろうかってことで。まだ手探り状態なんですけどね。目標の数値とかを決めて、1か月でこの辺ぐらいまで持っていこうみたいな提案を本人たちに持っていったら、『やります』って言ったので。じゃあ、やろうかと」。
2人は3軍から外れ、試合は4軍戦にのみに出場。打撃に特化した1か月を過ごした。すると、「結構よかったんですよ」と荒金コーディネーター。「『各軍へ戻った時に成績が出ればいいですけど、出なくても数値が上がればいいですよね』みたいな話をしていたら、佐藤航太も山下も出来すぎ。山下なんて10キロちょっと上がったかな」と、打球速度やスイングスピードは見違えるほどの数値を叩き出し、本人たちも手応えを感じていた。
目に見えた変化は数値だけではなかった。支配下登録期限が過ぎた8月以降、球団は若手を2軍に参加させる方針に変更。2人を2軍戦に参加させたところ、ともに結果を出した。特に佐藤航は8月だけで14試合に出場し、打率.382と大いに活躍してみせた。「こうやって最初に航太とか山下がやってくれたから、『こっちこそ本当にありがとう』って感じ」と荒金コーディネーターも感謝するほどだ。2人の取り組みと過程があったからこそ、イヒネ自身もより納得して“打撃特化”に踏み切ることが出来た。
当初から「当然やらせるべき選手だし、もっと早くやらせてもよかった」とイヒネの名前は候補に挙がっていたが、2軍でプレーする支配下野手の人数の問題などもあり、すぐには実現できなかったという。4軍制もコーディネーター制度も今季が1年目。手探りな部分もあるが、選手の成長のためにどうするのがベストなのかを球団としても模索している日々だ。
今回のアプローチで、イヒネに手応えを掴んでほしいと望んでいる。荒金コーディネーターは「口では強気なことを言うけど、ポロポロと泣いてるのも何度か見た」と、20歳が抱えてきた苦悩も目にしてきた。人前であまり弱音を吐かないというイヒネは、「人に相談するのが得意なタイプじゃないんで。割と1人で抱え込んじゃうんですよね」と漏らしていた。「何って言うんですかね。元々、自信満々でやりたいタイプだったんで……」。プロの洗礼を受け、心を折られながらも、悔しさを胸に戦ってきたのだ。
まだ2年目であるが、この期間はイヒネにとって勝負の時間ともいえる。「1か月、こうやって時間をもらっているんで。逆に責任じゃないけど、そういうのはあります。だらだらしてらんない」と気を引き締めた。「毎日、前向きにやること! 今シーズンはそれも結構難しいことだと思ったので……」。プロの壁を大いに感じたイヒネは、大きく羽ばたくため、前向きに1歩ずつ歩みを進めていくことを誓った。
(上杉あずさ / Azusa Uesugi)