8月6日の中日戦で左翼守備…プロ8年間で1軍の外野出場は1試合のみ
理想と「現実問題」を、自分なりに考えた。手に持つグラブには、同学年の外野手「佐藤直樹」という名前が刻まれていた。ソフトバンクの三森大貴内野手は今、外野守備に挑んでいる。その理由について明かした。今年2月の春季キャンプから首脳陣と密かに交わしていた「そういう話」。自分自身の現状が、行動へと突き動かしている。
13日、ウエスタン・リーグの中日戦で「2番・右翼」として出場した。初回の無死一塁では左前打を放つなど、積極的な打撃は健在。守備でも右翼への安打を無難に処理。3回2死では、元同僚でもある上林が放った右中間へのスリーベースを処理するために、必死に打球を追っていた。8回の守備から退き、チームも11-3で大勝した。
三森は今季、2度の骨折を経験している。1度目は4月2日のロッテ戦(みずほPayPayドーム)。試合前に行われたシートノック中に右手の人差し指を骨折した。同28日に復帰したが、2度目は5月30日の巨人戦(東京ドーム)だった。守備中に再び右手の指を負傷。「右示指末節骨関節内脱臼骨折」と診断され、7月26日のくふうハヤテ戦(タマスタ筑後)でグラウンドに立つまで、2か月のリハビリを強いられた。苦しいシーズンを過ごし、8月を迎えた今、なぜ三森は外野守備に取り組み始めたのか。
「それ(骨折の影響)もありますし、この先、どうするかもわからないので……。という感じです」
神妙な面持ちで理由を明かした。自らの考えで外野への意欲を首脳陣に伝えたといい「そういう話もしました。そこは球団がどう考えているのか、というところにもなると思うので、難しいところでもあるんですけど。今の自分の状況だったり、チームの状況というところ。外野もやりながらでもいいのかなというのはあります」。7月26日に実戦復帰して以降、初めて外野を守ったのは8月6日の中日戦(ナゴヤ球場)での左翼だった。
プロ8年間で1軍での外野出場は、1度だけ。2020年7月5日の日本ハム戦(札幌ドーム)で、途中出場から左翼を守った。当時、指揮を執っていたのは工藤公康監督。ユーティリティプレーヤーを重宝する指揮官で「工藤監督の時はそういうことが多かったので(外野と内野が)全く違うところって感じはないです、ノックであったりは、全く受けていなかったわけではなかったので、そこまでやることに対しての変な違和感は特にないです」と語る。今の自分で1軍で勝負するために、三森なりに考えた結果が、外野挑戦だった。
「球団はセカンドとして(の期待)という方が大きいんじゃないですか。僕自身もセカンドが悪いわけではないですし、そこを目指してやっていましたけど。目指すのと、現実問題は変わってきますので。今の状況的には、もちろんセカンドをやりながら、出られるところをやるのがいいのかなと思います。かといって、外野が出られるわけではないんですけど、今シーズンあと2か月くらいですか。色々と可能性を広げられるように、やれたらと思います」
2軍の首脳陣、高田知季内野守備走塁コーチや、城所龍磨外野守備走塁コーチとも意見を交わした。「春のキャンプでもB組で始まって、城所コーチとそういう話(外野の可能性)は少なからずしていました」と振り返る。万が一の状況にも備えて、時間を見つければ外野に足を運んで打球を追いかけていた。グラウンドのコーチ陣だけではなく「球団」の人間も含めて、三森が生きる道を必死に見出そうとしている。1軍に牧原大成内野手や川瀬晃内野手らがいる今、ポジションに対する率直な思いを吐露した。
「セカンドが全てではないですし、僕としてはセカンドでどうのこうのとは思っていないので。そこは球団の考えもあるので、なかなか難しいですけど。ある意味、今がいいタイミングなのかなと思いました。セカンド一本と僕自身は考えていないですし、いろんな人の考えがある。もちろんセカンドもやりますし、出るためには正直、どこでもいいのかなと思います」
右手の人差し指の負傷。今の状態については「痛みがありながらも投げられていますし、そこは問題ない。支障なくは、できていると思います」と言う。その上で「内野の方がより繊細に投げないといけない場面が多い。1軍でも二遊間は守備が重視されますし、それ(指の不安)を抱いたまま守るのも……っていうのもあります」と、外野に挑む具体的な理由を明かした。「話し合いをしながら、自分的にもいろんなことを思いながら、という感じです」とは、やっぱり神妙な面持ちだ。
コーチ陣も球団も、三森の可能性を一緒に探し、開花させようとしている。持ち味の打撃面は「問題ないです」と言うのだから、守備面の不安を解消することに集中しているところだ。自分自身の理想と「現実問題」を真っすぐに受け止めて、三森は今、必死に1軍を目指している。
(竹村岳 / Gaku Takemura)