小久保裕紀監督も絶大な信頼を寄せる選手「いつでも目が合ったら行ける」
左膝に打球が当たって、わずか8秒。もうベンチを立ち上がり、裏へと消えていた。ソフトバンクは12日の楽天戦(みずほPayPayドーム)に14-4で大勝した。初回、栗原陵矢内野手の左膝に自打球が直撃する。ドームが心配する雰囲気に包まれた中で、真っ先に行動に移していたのが川瀬晃内野手だった。抱く精神は「俺を試合に出せ」。積み重ねた経験が表れたシーンだった。
初回の攻撃で、いきなりチャンスを作る。先頭打者の牧原大成内野手が初球を右前に運ぶと、今宮健太内野手も右前打で繋いだ。ここで栗原が打席に立ったが、4球目の変化球をファウルとしてしまい、左膝に直撃した。2022年には左膝前十字靭帯断裂などの大怪我を経験した箇所。小久保裕紀監督ですら「腫れなければいいと思いますね」と話すなど、ドームは騒然としていた。
栗原に自打球が当たって、たった8秒後。ベンチに座っていた川瀬は腰を上げて、裏へと消えていった。もちろん、途中交代となった時のための準備だった。「すぐ後ろに行きましたね」と、本人もその瞬間を振り返る。最初に始めた準備は「スイング」だったそうだ。「自分しかいないというか、そういう選手って大事だと思いますし。それ(準備を始めている姿)を見てから、監督、コーチも判断されると思うので。そういう時に瞬時に行けるように(首脳陣に対しても)『いつでも行けます』というのは常に思っています」と、積み重ねてきた経験が自分を突き動かした。
スタメンを託され続ける選手と、途中出場だからこそ輝きを放つ選手。小久保監督は常にその役割を明確として「いつでも目が合ったら行ける選手」の1人として、川瀬の名前を挙げていた。毎年オフにはレギュラーを奪うことを目標に掲げて過ごしているが、シーズンが始まれば、全ての行動がチームのため。「頭から出たいっていう気持ちは変わらず、でも、試合に出ることがシーズンに入ったら一番だと思うんです。試合に出られれば、自分ができる最大限のことをするだけです」と、自分なりの心構えも明かす。
栗原は5回無死一、二塁で四球を選んで、ここで川瀬が代走で送られた。誰よりも早く準備する姿を見ていたのが、本多雄一内野守備走塁兼作戦コーチだ。「途中から行っても頭から行っても、野球選手としてチームのために働くというところは当然のこと。どういう状況であれ、勝つためにチームとしてどう考えて動くのか。その意識があるからこそ、当たった瞬間にパッと後ろに行けるんだと思います」と語る。川瀬も9年目を迎え、1人のプロ野球選手として年々、頼もしさが増してきた。
「監督が始まり(開幕)の時に仰っていたように、それぞれの役割ですよね。『替えの効かない選手になりなさい』と仰っていましたけど、自分自身のポジションというところでレギュラーを狙うのも1つ。でも控えにいて『俺を試合に出せ』っていう、そういう気持ちがあるからこそ、じゃないですか。レギュラーだけじゃなくて、控えもしっかりと自分の役割として考えを持っている。それを行動に移すというところで、今の位置にいると思います」
ユーティリティプレーヤーの「元祖」と言われた明石健志2軍打撃コーチや、高田知季2軍内野守備走塁コーチ、金子圭輔3軍内野守備走塁コーチなど、主に二遊間を守りながら、途中出場でも輝きを放つ選手が、これまでのホークスを支えてきた。多くのチームメートと過ごしてきた本多コーチは、川瀬の持ち味を「元気があるのと、そういう(控えとしての)考えもあるところ。常に虎視眈々と、試合に出るための準備の良さですよね」と語る。試合への“飢え”を失うことなく、チャンスを狙い続けているから、欠かせない選手になれている。
「そこ(川瀬の存在)はチームとしてももちろん助かりますし、心強さもあります。これからの残り試合、そういう選手がいることが頼もしいです。みんなが怪我をしないようにやっていきながら、チームのためにと思えることが大事なんじゃないですかね」
川瀬が今季守ったのは遊撃34試合、二塁23試合、一塁8試合。三塁はこの日が5試合目だった。「今日みたいなこと(緊急事態)ってあんまりないと思うので、準備しておかないといけないと思いました。自分の役割にはそれ(途中出場)もあると思うので、全うしていきたいです」。腰を上げ、準備を始めるまでのたった8秒に、川瀬晃の価値と持ち味がぎゅっと詰まっていた。
(竹村岳 / Gaku Takemura)