「自分で自分をコントロールできないぐらいまで行っていた」
支配下復帰を目指す右腕は人知れず、もがき苦しんでいた。昨オフに戦力外通告を受け、今季は育成選手としてプレーしている古川侑利投手。キャンプでは支配下昇格の筆頭候補とまで言われていた28歳だが、ここまでウエスタン・リーグで12試合に投げて1勝2敗、防御率4.08と結果を残せていない。一体、古川の歯車はどこで狂ってしまったのか。
「結構、春先からヤバかったですね。体がヤバすぎて、自分で自分をコントロールできないぐらいまで行っていたので。もう疲労困憊の状態ですよね。なんとか粘って耐えていた、みたいな」
現役ドラフトで2023年からホークスに加わった古川。「これまでにない下克上」と掲げ、育成選手として迎えるシーズンに向けてオフもハードな練習に励んだ。ウエートルームに1日4、5時間も籠って追い込み「もう動きません、上がりません、みたいな。ヤバいですね。それで、あのランニングのボリュームでしょ」。立ち上がれなくなるほどのウエートトレーニングに加えて、膨大な量の走り込みも行っていた。
10年間のプロ生活でも、これほどまでに自分を追い込んだことはなかった。「飛ばしすぎましたね。ガンガン行き過ぎましたね」と苦笑いする。まだまだ勝負出来るという自信、大切な家族の存在、そして大好きな野球で挑み続けたという思い……。様々な思いに突き動かされ、勝負をかけた時間。「気持ちが先行しすぎた感じですね。ちゃんと我に帰って、自分をちゃんと見れていなかったのかなって思いますね」と、ガムシャラに過ごしたオフだった。
この取り組みは功を奏したかに思われた。春季キャンプはB組スタートだったが、早いうちにA組に昇格。実戦形式の練習が始まると、小久保裕紀監督、倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)ら首脳陣から「1番抜けていた、目立っていた」「古川以外は物足りないように見えた」と絶賛された。だが、この時から古川の体には異変が起こっていた。
体は悲鳴をあげ、自らの意志で制御することができなくなっていた。入念に体のケアをしながらボールを投げていたが、それも長くはもたなかった。キャンプを終えてオープン戦に入ると、4試合で防御率4.76。開幕前の支配下復帰どころか、ファーム降格を言い渡され、2軍でも思うような成績が出せなかった。
特に苦しかったのは4月だ。「まず、コントロールできなくて……。自分の体もだし、なんか感覚が悪いというか……。『マジで俺イップスなんじゃね?』みたいなところまでいきましたね」。春先からの疲労を引きずるようにコンディションを落とし、自分の身体が自分で分からなくなっていた。
ただ、心が折れない強さが古川にはある。落ち込む暇があれば「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤を続け、上手くいかない原因を探して練習を繰り返した。「いろいろ試して『これ良かったな』って思ったら、それを続けて。また新たに『さらに良くなるためにはダメだった、じゃあこれはやめよう』と。ずっとトライ&エラーみたいものの繰り返しです」と、言葉には熱が込もる。
もちろん落ち込むことはある。「でも、もうやってしまったことは帰ってこないんで。どう次の日に活かしていくか。ずっと『ダメだダメだ』って思っていても、なにも変わらないので。そうやって、いろいろ自分で試しながらやっていたら、自分の引き出しも増える。(試行錯誤することは)すごくいいことなんじゃないかなって思います」。転んでも、すぐに立ち上がる。それが古川という男の生き様でもある。
苦しみもがき続けたからこそ、徐々に良い形が見えてきている。「だいぶ良くなった感じですけどね。真っすぐで空振りも取れているし、空振りを取れ始めたら、大体(状態は)いいので」と感じているはいるものの、6月に入って登板した2試合は共に失点。「いい感じなんですけどね。なんか点を取られるんですよね」と、思うように結果に繋がらず、もどかしさは続く。
春先から古川を見守ってきた小笠原孝2軍投手コーチは「壁にぶち当たっている状態です。でも、彼は練習するので」と見ている。寺原隼人2軍投手コーチも「年齢的にも立場的にも厳しくなってきてはいる。そういう世界。信頼を取り戻すしかない。でも、彼は練習するので」と評する。誰もが認める“練習の虫”。そんな古川だからこそ、信じたい。この大きな壁をぶち破り、再び2桁の背番号を――。その姿勢が報われることを誰もが願っている。
(上杉あずさ / Azusa Uesugi)