11試合に登板して防御率1.50…キャンプ中に直訴した中継ぎ「ダメならクビ」
倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)が鷹フルの単独インタビューに応じた。第3回のテーマは「成長を感じる投手」。チーム防御率1.99という異次元の数字を残す中で、倉野コーチが名前を挙げたのは、杉山一樹投手だった。今季6年目を迎えた最速160キロ右腕。才能が開花した要因には、首脳陣と交わした“ある約束”があった。「四球はいくつ出してもいい」。性格を理解した上での金言が、杉山を変えた。
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杉山は開幕から1軍に入り、ここまで11試合に登板。1勝0敗3ホールド、防御率1.50の好成績を残している。オープン戦では5試合、計6回2/3を投げて同1.35で、倉野コーチも「想定を上回ったのは杉山じゃないですかね。このキャンプ、オープン戦で、こちらの予想を上回ったのは杉山が筆頭かな」と、収穫と手応えを感じていた。
自他ともに認める最大の課題が、制球力だった。昨シーズンまでは通算で88回1/3を投げ、68与四球。なかなかきっかけを掴めずに5年間を過ごし「極端な言い方ですけど“最後の登板だ”くらいの、それなら迷っている暇がない」と覚悟を決めて、飛び込んだ2024年だった。倉野コーチも「僕もこの2年は見ていないんですけど」としつつも「練習からそうですけど、とにかく取り組みが安定しています」と、活躍の要因を明かした。
「練習からの取り組みで、気持ちの波があまりない。そこが一番の成長じゃないですか。いつも同じルーティンをしていますし、そこが大事にしているからこそマウンドでの1球も大事にできているんじゃないかなと。もちろん技術的に本人の中で変わったことがあると思うんですけど、僕はメンタルが変わったと思います」
かつては周囲の声にも迷い、フォームを見失った。2022年には「うつ病」を患ったことも、鷹フルには独占激白していた。入団時の2019年から知っている倉野コーチは「ファームでも一緒にやっていた期間もありますし、僕も彼の性格はわかっているつもりです」と言う。今季も12回を投げて6与四球と、決して少なくはない数字。「彼はどうしても引きずって投げるタイプなので、そこが悪循環になっていたスパイラルを、僕は断ち切りたかった」と始めたのが、目の前のことに集中させるというシンプルな取り組みだった。
「僕はなるべく、迷わせることを言わない。彼が思い切って投げられるように、例えば四球を気にしたり、何かを気にするのを一切やめようと。僕がいつも言っているのは『四球はいくつ出してもいい』『先頭でも、2死走者なしから出してもいい』と。その代わり『あぁ』って思ってそれを引きずったまま投げるなよ、とは言っています。次を抑えればいいんだから、四球を3つ出しても0点に抑えて帰ってきたらいいんだから『とにかく引きずって投げるな』『自分のベストを尽くしなさい』とは言っています」
言葉にすると単純ではあるが、選手は常に不安と闘っている。結果を出せなかったらファームに落とされる、コーチが指導したフォームで投げなかったら怒られる……。外野からの声を“気にしすぎる”ことを、まずは取っ払った。プロは、自分の人生は自分で責任を取る世界。杉山自身も昨秋からワインドアップでのフォーム固めを貫き、継続してきた。選手がやろうとしていることを信じる。それが、倉野コーチが一緒に始めた取り組みだった。
193センチ、105キロの立派な体ではあるが、杉山は自身のことを「ネガティブ」と表現する。倉野コーチは「それは僕もそう思っています」というが「でもネガティブなのが必ずしもマイナスだとは思わないです。僕は、ネガティブだからこそ慎重に進んでいける部分もあるし、ネガティブ=マイナスだとは思っていないです。ネガティブならネガティブのまま、どうやったらその能力を引き出してあげられるかを考えています」と、性格すらも受け入れていた。杉山の才能が花開く前には「メンタルが原因では」という声も聞こえたが、倉野コーチも現役時代に本気で悩んだからこそ理解している。
「ネガティブとかポジティブとか、そういうのは感情なので、要するに性格なんです。性格は変えられない。性格を変えようとしたら絶対にダメです。僕も現役の時はメンタルですごく悩んで、いろんなメンタルトレーナーと契約したりいろんな本を読んだりしたんですけど、結局は自分から湧き上がってくる感情って変えられないんですよ。そこに気が付いてから、自分のパフォーマンスを出せるようになったので。僕も経験があるので、必ずしもネガティブがマイナスにならないとは思っています」
春季キャンプ中には、杉山自ら倉野コーチに中継ぎを直訴した。紅白戦後のフィードバック中に「『何か言いたいことあるか』ってなった。『ダメならクビですからやらせてください』って言ったら『それくらいの覚悟なら』」と、明確な方向性が決まった。杉山に限らず、選手の迷いを徹底的になくしていくこと。指導者にとって最大かつ、最も難しいタスクだ。
「それしかないです。本人が求めている時にしっかり答えてあげられる準備をこちらもしています。いろんな分析をしたり、映像、ビデオを見たり、完全に悪くなる前に少し手を打っておかないといけない。どん底になると、なかなか上がってくるのは難しい。その前に手を打つようにはしています。ただ、それも迷わせないようにシンプルに言うだけ。あとは本人次第ではありますけどね」
米国での2年間を経て、指導者として何倍も成長した。そんな倉野コーチとの出会いが一番、杉山一樹を変えたのかもしれない。
(竹村岳 / Gaku Takemura)