現代野球はどんどんと発達し、データを用いて戦うことはもはや常識となった。数字の面において、ホークスの戦術を託されているのが吾郷伸之チーフアナリストだ。昨季まではスコアラーを務め、今季からは「チーフアナリスト」の肩書きを担う。スコアラーとはどんな仕事で、長いシーズンを戦う上でどんな役割を果たしているのだろうか。
吾郷チーフアナリストは、1984年生まれで広島出身。関東の大学を卒業して「データスタジアム」というスポーツのデータを扱う会社で勤務していた。「タイミング的にそういう時代だった。野球界全体にデータを使おうぜって流れが出てきた」と、2014年からホークスにスコアラーとして入団。プロ野球においてデータを扱うことが当たり前となり「その流れに乗れた」と球団の一員となった。
野球界における詳細なデータの変遷をこう語る。2004年のアテネ五輪で日本代表は3位に終わった。当時はスコアラーというポジションがなく「それの雪辱もあって、北京五輪では『頑張るぞ』ってなった」と、データを本格的に用いるようになった。吾郷チーフアナリストは2007年、データスタジアムに勤務しながら、北京五輪予選から日本代表をサポートをしていた。
その流れから2009年、2013年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)にもスコアラーとして参加して経験を積み、球界全体でも「データ野球」が発展していった。かつて球団からデータを扱う会社に業務を外注していた時代から、球団が自社独自のデータを所有、分析するため人材を発掘していく時代になった。吾郷チーフアナリストもその1人で、プロの世界に身を投じることを決めた。
本拠地開催で18時開始のナイターなら試合開始8時間前の10時前後には球場入りする。ミーティングを重ねて、相手チームの映像にも目を凝らす。「簡単なもの」というが、相手投手の球種や割合を分析したものをプリントして選手に配布するのも日課の1つ。数字を分析するだけでなく、その先に隠れている要因まで踏み込んでいくことが必要であり「僕らは(数字、データとの)“通訳”だと思っています。データを解釈したものを伝えていかないと」と、その仕事内容を表現する。
例えば、ある投手の対左打者への被打率が.250だとする。ただ、表面上の数字なら自分で調べればわかることだ。「なんで2割5分なのか。こうやって曲がってくるスライダーとかを打たれているけど、ここなら打たれていないとか。悪いと思う数字の中でも『実はここはこうなんだよ』って理解して説明してあげられたら」と吾郷チーフアナリスト。数字を理解、分析して、扱えるようになって初めて、グラウンド上で生きる素材となる。
選手によって、データへの価値観はそれぞれだ。頭に入れておく程度の選手もいれば、スコアラーの言葉を信じて、ほぼその通りに攻める選手もいる。選手の価値観の把握もスコアラーにとって必須であり「絶対に“コミュ障”ではできない仕事です」という。選手が「こんなデータを知りたい」と思った時に、スコアラーがそれを提示できるように考えを共有しておく必要がある。自分から選手に歩み寄っていくことが大切な要素だ。
1つの例を紹介する。吾郷チーフアナリストは、試合前の練習中に周東佑京内野手と頻繁に言葉を交わしている。いつも2人で目を凝らしているのは、今季から練習中にも導入するようになったトラックマンの数値だ。打球速度や角度が一瞬で計測できる機器で、WBCを戦った侍ジャパンで導入されていた。「佑京は数字が好きっていうよりは、何か自分の物差しがほしいんだろうなって思います」。ようやく野手にもできた“物差し”を、しっかりと生かそうとしている。
「投手にはスピードガンがあるじゃないですか。投手はわかりやすくて、今までずっとスピードガンがあって、物差しになってきた。次にトラックマンが出てきて、トラッキングデータを物差しにしている人もいますけど、ようやく野手にもああいう物差しができると思って見ています。答えはないですけど『今日いいかも』っていう時の物差しがそこにあればいい」
周東にとっても、打撃面での試行錯誤が続くだけに目に見える指標は自らを分析する鍵となるはず。その手助けをするためにも、スコアラーは誰よりもトラックマンをはじめとした最新機器を扱うことができなければならないし、知識も持っていなければならない。次回はスコアラーと選手の間にある「信頼」について深掘りしていく。