18歳→26歳で球速10キロアップ 他球団を凌駕するホークスの育成力…「魔改造2.0」の正体に迫る

大津亮介に助言を贈る倉野信次投手コーチ【写真:冨田成美】
大津亮介に助言を贈る倉野信次投手コーチ【写真:冨田成美】

千賀は140キロ台→164キロ…すさまじい“育成力”

 今季、阪神との日本シリーズを制して5年ぶりの日本一に輝いたホークス。直近15年間で8度の日本一に輝き、もはやNPBの中では圧倒的な存在となりつつある。

 特にホークスが他球団と比べて傑出しているとされるのが、育成力である。ホークスは過去に千賀滉大投手(メッツ)、甲斐拓也捕手(巨人)、牧原大成内野手、石川柊太投手(ロッテ)、周東佑京内野手ら、育成ドラフトで獲得した選手を次々と名選手に育てあげている。そもそも育成選手を多く獲得しているという事情もあるが、それを差し引いても育成力は現在12球団の中で断トツとの評価を得ているといっていいだろう。

 特に定評があるのが投手のスピードアップだ。ホークスでは2010年代前半、若手投手の球速が凄まじい伸び率を見せることが大きな話題となった。プロ入り時は140キロそこそこの投手と言われていた千賀は、数年で最速155キロまで成長。2022年には164キロを計測するなど、その成長ぶりは言うまでもないだろう。上に名前を挙げた選手ほどの成績を残すことはできなかったが、当時在籍していた川原弘之投手は140キロほどだった球速が最速158キロにまで向上。いわゆる「魔改造」である。

 実は、近年もこの流れは続いている。以下は、ここ数年で大きなスピードアップを果たした代表的な投手だ[1]。

 最も代表的な例が尾形崇斗投手だろう。尾形は2021年時点ではストレートの平均球速が144.2キロ。ノビこそあるが、スピードは目立たない投手だった。それが数年を経て、今季は平均が154.1キロに。4年間でなんと約10キロもの球速アップを果たしている。

 ほかには今季ブレイクを果たした松本晴投手だ。今季大きく飛躍した左腕だが、球速が一気に上がったのは2023年から2024年にかけて。2023年に平均141.2キロだったスピードは、2024年に145.5キロに。今季はさらに146.8キロまで上昇した。2023年からは5.6キロものスピードアップである。

 今季プロ3年目で1軍初登板を果たした大野稼頭央投手も良い例である。昨季のストレートの平均球速は139.9キロに過ぎなかったが、今季は144.9キロと5キロもの急上昇。昨季まではわずかファームで5試合の登板だった左腕が、一気に1軍デビューまで駆け上がった。

 このようにホークスでは「魔改造」が話題になった10年ほど前からしばらく経った現在においても、投手陣の大きなスピードアップが続いている状況だ。

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続きの内容は

オリックスをも圧倒する驚異の「10キロアップ」
26歳以降の“ピーク後”も球速が衰えない「秘訣」
驚異的な育成力を支える最新鋭のハード&ノウハウ

山本由伸、山下舜平大を輩出したオリックスをも圧倒

 若い投手の球速が伸びていくのは、ある意味で当然とも言える。おそらく、それは他球団でも同様だろう。では、ホークスのスピードアップ率は他球団に比べてどれほどすごいのだろうか。

 それを表したのが図1である。これはパ・リーグ各球団の投手が年齢を重ねるにつれてどれだけストレートの平均球速を上昇させているか、その伸びを平均して積み上げたものだ。どの年齢で球速がどの程度変化しているのか、球団ごとの傾向を把握できる。

 これを見ると、他球団と比べて突出して上の位置にある折れ線がある。これがホークスのグラフだ。具体的に見てみよう。2020-25年において、ホークスでは18歳の投手が1年間で平均2.2キロも球速が上がっていた。19歳から20歳ではさらに2.4キロアップ。20歳から21歳では1.9キロアップと、凄まじいペースでスピードを向上させている。

 その後も球速は右肩上がりで伸び続ける。大卒投手の1年目にあたる22歳から23歳の1年間でも球速は向上。その後も伸び続け、26歳で頂点を迎える。18歳時点に比べると、26歳の時点ではなんと平均10キロもの球速アップを果たしているようなのだ。

 ちなみにNPB平均ではこれが4キロほど。山本由伸投手や山下舜平大投手といった高卒出身選手の育成に定評のあるオリックスでも、7キロほどしか伸ばすことができていない。そのほかのパ・リーグ球団の曲線も、かなりなだらかである。ホークスの球速を伸ばす育成力は異次元と言っていいレベルにある。

26歳以降の“ピーク後”も顕著な「ホークスメソッド」

 また、若い時期に伸びるだけでなく、年齢を重ねても球速がそれほど衰えていない点も特筆したい。このグラフにはないが、セ・リーグ球団には20代中盤から球速が右肩下がりになる球団もあった。しかし、ホークスは26歳でピークを迎えた後も、球速をかなり維持している。年齢を重ねてもスピードが衰えていないのだ。

 2010年代前半、千賀らの球速向上には倉野信次コーチら首脳陣の育成力が注目された。しかし、近年はそもそも倉野コーチが在籍していないシーズンもあった。また、現在のホークスはかつてとは異なり、育成選手を50人ほど抱える大所帯だ。1人のコーチがチーム全体の投手陣を統括できる規模ではなくなっている。

 では、この球速向上は何によってもたらされているのだろうか。それは現場レベルだけではない、球団全体での育成環境の整備によるところが大きいのではないだろうか。特に育成拠点となっている筑後のファーム施設の優れたインフラは圧倒的である。

 ただ、ハード面だけが優れているわけではない。2023年にはアメリカの選手育成施設「ドライブライン・ベースボール」に選手やコーチ、スタッフを派遣。最新技術を駆使したチーム強化を実現するためにデータサイエンス部を強化し、また育成のノウハウをまとめた育成方針「ホークスメソッド」を発表するなど、チーム全体で選手を育てる仕組みを次々と整えている。こういったソフト面もあわせた総合的な育成力が、現在のホークスを支えているのは間違いない。

 かつて個人の手腕に頼っていた「魔改造」は、今や組織的なシステムへと昇華された。筑後の広大な敷地と最新のデータサイエンス、そして積み上げられた「ホークスメソッド」。これらが複雑に絡み合い、若鷹たちの才能は次々と開花している。 10キロの球速アップという驚異的な数字は偶然ではない。「魔改造2.0」は球団全体で積み上げた“必然の産物”とも言える。

[1]平均球速は1、2軍の登板を合算したもので算出している。

DELTA http://deltagraphs.co.jp/
 2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する「1.02 Essence of Baseball」の運営、メールマガジン「1.02 Weekly Report」などを通じ野球界への提言を行っている。(https://1point02.jp/)も運営する。