来年1月に再び自主トレ「こんな機会はめったにない」
世界最高峰の舞台で戦う“憧れの人”が自分を気にかけてくれている。そして努力を褒めてくれた——。その事実が何よりもの力となっている。今春に難治性の疾患「ランゲルハンス細胞組織球症」と診断され、背骨が溶けるなどの症状が出ていたことを公表した田上奏大投手。自身2度目の育成選手として再出発する来季に向け、表情は希望に満ちあふれていた。
今年1月、ホークスからメジャーに移籍した千賀滉大投手(メッツ)の自主トレに参加した。千賀が若手投手を預かることを球団に提案し、そこで推薦されたのが田上と育成の大竹風雅投手だった。偉大な先輩の下でトレーニングや技術の面はもちろん、選手としての心構えなど多くのことを学んだ右腕。今季にかける思いも強かった中で、春季キャンプ途中に異変を訴え、その後は不安な闘病生活を送ることになった。
当初は誰とも話したくないくらい殻に閉じこもっていた。実家に帰り、野球からも離れていたが、わずかに光が見えてきた4月下旬に筑後の寮へ戻ってきた。その頃、お世話になった千賀にも現状を報告しようと連絡を試みたが、本人はすでに球団関係者から話を聞いていたようで、病気のことを知ってくれていたという。成人では100万人に1人ともいわれる難病。「そんなことあるんやな……」と千賀も驚いた様子だったそうだが、すぐに励ましの言葉をかけられたという。
「今年は絶対焦んなよ。マジ絶対治せよ」
“憧れの人”から届いた激励。田上は言う。「千賀さんも怪我をして、今シーズンは全然良くなかったと思うんですけど、本当に気にかけてくださったので……」。自身も難しい1年だったはずの千賀が心配してくれたことが嬉しかった。「やっぱり自分の目標というか、憧れじゃないですか。投げている姿とかを見たら、かっこいいなと思いますし」。大先輩からのエールが大きな励みとなっていた。
千賀とは来年1月も自主トレをともにすることが決まっている。その“前準備”として今月、東京で一緒にトレーニングをした。「今年、大変やったな」。再会するやいなや、体調を気遣ってくれた。
初めて師事した今年1月の自主トレでは「頭が混乱していました」と振り返る。身体の使い方やトレーニングに関する千賀の膨大な知識をすぐに理解できず、ついていくだけで苦戦した。夜中まで大竹と復習を繰り返しながら、必死に食らいついた。充実した時間を過ごしたにもかかわらず、今シーズンの大半をリハビリに費やしたことは悔しかった。それでも、貴重な経験を決して無駄にはしたくなかった。
体調と相談しながらも千賀から学んだトレーニングを徐々に再開したり、自主トレ中に撮影した動画を見返したりした。その成果もあってか、今月再会した際にはその姿勢を高く評価された。「『1月の時よりできているよ』って褒めてもらいました。嬉しいっすよね。『ちゃんとやってきたんだね』って」。そう口にする表情には満面の笑みが浮かんだ。
「(千賀とのトレーニングは)緊張感がめちゃくちゃあるんですけど、その中でアドバイスをいっぱいもらえたし、発見がたくさん出てくるんです」。憧れの右腕との時間を振り返り、目を輝かせる。豊富な知識と経験を持つ千賀は、まるでトレーナーのように田上の身体を触りながら、身振り手振りで熱心にアドバイスを送った。「千賀さんは自分で何でも試してきて、いろんな引き出しを持っている人なので。どんな質問をしても答えてくれるし、ありがたいです」と感謝しきりだ。
田上は偶然に訪れた“幸運”を、こう表現した。「僕と同世代の人とか、千賀さんと一緒に練習できるんだったら絶対にしたいじゃないですか。日本中の同い年では僕しか(千賀の自主トレに)行けてないんで。それは誇りだし、こんな機会はめったにないと思っているので。絶対ものにしたいという気持ちはすごく強いです」。再び支配下登録をつかみ取るため、絶好のチャンスを逃すつもりはない。
「“師匠”とか言うとなんか軽く感じられそうだけど、やっぱり人間性とかも含めて、千賀さんのようになりたい。僕にも気配りをしてくれて本当にすごい人だし、ありがたいです」。千賀と過ごせる時間を「当たり前じゃない」と噛み締めるからこそ、「絶対ものにしてやると思っています。そこは遠慮せずに行きたい」。来月の自主トレに向けて、田上は心を熱く燃やしている。
(上杉あずさ / Azusa Uesugi)