「ダメならクビでいい」貫いた覚悟 杉山一樹が小久保監督に“胴上げ指名”された理由

ソフトバンク・杉山一樹【写真:栗木一考】
ソフトバンク・杉山一樹【写真:栗木一考】

右腕が掲げた今年のテーマ「丁寧に生きる」…実ったキャリアハイ

 4年ぶりのリーグ優勝に輝いたホークス。鷹フルでは、若手からベテランまで選手1人1人にスポットを当てて、今季を振り返っていきます。今回は杉山一樹投手です。6年目の今季、キャリアハイの成績をマーク。開幕から1度も1軍を離れることなく、ブルペン陣を力強く支えました。胴上げの際には小久保裕紀監督から直々に“指名”を受けた右腕。胸に残ったのは「感謝」の思いでした。

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 今季はチームで2番目に多い48試合に登板し、4勝0敗12ホールド1セーブ、防御率1.66と非の打ち所がない成績を収めた右腕。リーグ優勝を決めた23日のオリックス戦(京セラドーム)でも、8回に登板してわずか6球で3者凡退に仕留めるなど、貢献度はトップクラスだった。

 試合が終わり、マウンドにできた一つの輪。小久保監督が隣りに呼び寄せたのは杉山だった。「やれ」。短い一言ながら、笑顔で自らの背中を預ける相手に指名した。右腕に宿った感情は特別なものだった。

「体が大きいからってだけだと思いますよ」。193センチの杉山は冗談っぽく笑った後、こう続けた。「本当にうれしかったです。感謝しかなかったですね」。指揮官が粋な計らいに込めた思いは伝わっていたようだ。

 まさに不退転の覚悟で臨んだ1年だった。「今年で野球が終わるかもしれないという思いは変わらなかったですね」。最速160キロを誇るなど、高いポテンシャルに入団時から大きな期待をかけられてきた剛腕だったが、昨季までの5年間はそれに応えることができなかった。オフシーズンが来るたび、「戦力外」の3文字が常に頭の中をよぎっていた。

「もう先発に戻れなくなるけど、いいのか」。今年2月の春季キャンプ中、中継ぎで勝負したいと訴えた杉山に対し、倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)は意志を確認した。「ダメならクビでいいので、やらせてください」。右腕の覚悟は変わらなかった。

 小久保監督をはじめ、首脳陣は杉山を先発候補の1人として捉えていた。その方針に“逆らう”ことは大きなリスクもあった。それでも右腕は自らの思いを貫き通した。「自分が先発をするよりも、1イニングを投げたほうがチームのためになる」。フォア・ザ・チームの精神は、今年新たに生まれたものだったという。

ソフトバンク・小久保裕紀監督(左)と杉山一樹【写真:竹村岳】
ソフトバンク・小久保裕紀監督(左)と杉山一樹【写真:竹村岳】

「今までチームのためって口にしたこともありました。でも、実際には自分自身のことで精いっぱいでしたし、自分のやりたいことをやるっていう比率のほうが高かったなと」。プロ野球選手として間違った考えとは言い切れない部分もあるが、「それで成績が出なかったので。とにかく自分のことよりもチームが勝つために。そこに“全振り”しましたね」と振り返った。

“ラストイヤー”の覚悟は、日々の過ごし方にも影響を与えた。「今年は『丁寧に生きる』がテーマでした」。遠征先から自宅に帰っても、ソファーでくつろぐ前に荷ほどきする。そんな些細なことからも丁寧さを求めた。「マウンドに上がるときには何も悔いが残らないように。それだけを心がけました」と、試合前のキャッチボールも1球1球を無駄にしなかった。

「人間って、火事場の馬鹿力以外の力は出せないじゃないですか。だったら、火事場以外での力をどれだけ上げられるか。コントロールを丁寧に、私生活も丁寧に。とにかくやれることは全部やって。日々のルーティンから試合での1球のために準備してきた。今年で終わりだという覚悟があるから準備も丁寧にできるし、毎試合悔いがないようにという気持ちで投げることもできたんだと思います」

 胴上げの際に指揮官が自らを呼び寄せてくれたこと。全ての努力が報われた思いだった。「先発を断って中継ぎで勝負させてもらえた。もう本当にうれしかったです」。一方で、喜びはすぐに胸にしまった。「日本一にならないと意味がないので。嬉しいですけど、あまり浸っていないですね。日本一を取って初めてほっとするし、ようやく(今シーズンを)振り返られるのかなと。そこまで取っておきます」。心の底から笑えるのは、小久保監督を再び胴上げした瞬間だ。

(長濱幸治 / Kouji Nagahama)