2005年に12勝…オフに初めて2か国にワクチンを届けた
忘れられない写真がある。ソフトバンクの和田毅投手は、自身の成績に応じてワクチンを寄贈する活動を2005年から継続してきた。これまでに73万本以上のワクチンを発展途上国の子どもたちに届けている。「『ワクチンって受けられないの?』っていうところからでした。日本では当たり前だったので、海外では受けられないのかなみたいな。そこからスタートでした」と、活動初期の心境を振り返る。
幼少期から募金活動に興味を持ち、小銭があれば募金箱に入れていた。その中で、ある種の違和感も抱いていた。「親ではありますけど、人のお金じゃないですか。自分のお金じゃないから『なんか違うな』って。親からもらったお金じゃなくて、自分が働いたお金で寄付するのが一番いい。もらう側からすると変わりはないですけど、自分にはそういう思いがありました」。自分が汗水を流して手にしたお金が、誰かのためになる。子どもながらに達観した考えと、夢を頭の片隅に置き、野球選手としても成長していった。
ワクチン寄贈がスタートした2005年、和田は25試合に登板、181回2/3を投げて12勝8敗、防御率3.27を記録した。チームはプレーオフでロッテに敗れて優勝を逃したが、レギュラーシーズンでは勝率1位と、和田も貢献した1年。オフに初めてワクチンを届ける時がやってきた。手渡されたのは、1枚の写真。喜ぶ子どもたちの笑顔が、今も脳裏に焼き付いている。
「最初は、ワクチンの本数が決まって実際に寄付して、現地の子どもたちの写真を見させてもらいました。『本当に届けられているんだ……』って、その実感を得られた時はすごく嬉しかったですね。こんな子どもたち、たくさんいるなって」
和田の背中を見てか、ホームランやヒット、盗塁数に応じて寄付を始める後輩が増えたこともモチベーションの1つになったという。
活動を始めて広がった自分の世界…大きなモチベーションになった
写真に映っていたのは「6歳とか7歳とか、4歳とか。小さい子どもばかりでした」と明かす。届けられたのはミャンマーとラオスの2か国だった。「その国の名前すら知らなかったですね(笑)。ミャンマーは聞いたことありますけど、ラオスってどこにあるの? みたいな。ラオスって国の名前を知らなかったので」と、自虐的にも笑う。活動を始めたからこそ、広がった自分の世界。何年も継続することで自然と、マウンドに立つ大きなモチベーションにもなった。
2005年のオフ、もう1枚驚いた写真がある。映っていたのは、厳重に管理されたある箱。子どもたちの命を守る、大切な箱だ。
「ワクチンって、ちゃんと保存しないとすぐに意味がなくなってしまう。保冷するための箱すらも大事。向こうは冷凍の設備がないですから。その写真を見て『これ何ですか?』って聞いたら、『保存箱です。ワクチンって保存・管理しないとダメになっちゃうから』って。それも知らないから『え〜!』って、そこからスタートでした。僕の中では普通に打てばいいのかなと思っていたので、初めてそれを知った。まず保存・管理をすること自体が大変なんだって。日本では当たり前にできることが向こうではできないんだと学びました」
2020年から世界をコロナ禍が襲い、和田も2度のワクチン注射を打った。2022年6月に自身も陽性判定を受けたが「一時はワクチンが足りないって言われていたじゃないですか。ようやく今、落ち着いてきていますけど。そのワクチンが、こういうことで僕らもお世話になるようになったんだなって思いましたね」と語る。和田にとっても改めてワクチンの意義、重さを考えさせられる期間だった。未曾有のパンデミックから学んだことを、必ず今後に生かしていかなければならない。
現金を持ち歩く人が減ったからこそ…提案する“キャッシュレス募金”
継続した活動が評価された和田は「HEROs AWARD 2023」に選出され、18日には授賞式に出席した。日本財団がアスリートやスポーツに関する社会貢献活動の優れたロールモデルを表彰する賞で「(授賞式は)息できるかな、過呼吸になるかも(笑)」と笑いながら、野球以外でスポットライトを浴びたことに背筋を伸ばしていた。会ったことのない子どもたちのために、何千万円ものお金を費やしてきたが「人のためという感じではない」と言い切る。気持ちを押し付けることなく、感謝を忘れない和田らしいモチベーションだ。
「自分のためですから。自分が『できたらカッコいいな』っていう。自分のためで、それが誰かのためになっているのかもしれないですけど、そこまで『寄付しなきゃ』『誰かのためにやらなきゃ』って重く考えていないというか、自分がやりたいからやっているだけです。それで子どもたちが助かるのは素晴らしいことだと思うし、自分が寄付はしているんですけど、やってくれるスタッフさんもいるから自分もできるわけなので。スタッフさんのおかげだと思うし、そんな感覚ですね」
時代は変わり、現金を持つ人も少なくなった。和田もその1人だ。「最近はね、(自分が)電子決済でお金を使うことがなくなったんですけど。でも、現金を使う時は必ず募金箱を探しますね。なるべくお札で払って、余ったお金を入れたりとか。そういうようにはしています」と心掛けている。コンビニや駅など、身近な場所では必ず募金箱を探してしまう。1人1人の善意と気持ちが、巡り巡って誰かのためになれば、それでいい。
「なんかあったらいいんですけどね。10円の電子決済とか、チップじゃないですけど(笑)。ピロンって、10円でもいいわけじゃないですか。毎回じゃなくとも、買うたびにね。そんなシステムにできないのかな?」と“キャッシュレス募金”も提案した。遠くにいる人の助けを呼ぶ声が、より身近に感じるように。少しでも世界中の人々の心が近づくことを、和田は願っている。
(竹村岳 / Gaku Takemura)