「R&D」とは「リサーチアンドディベロップメント」の略称…来季は動作解析の部門へ
なぜ、自ら新天地に飛び込んでいくことになったのか。何も変わらない職人の美学があった。ソフトバンクは宮崎で野手、筑後で投手という縦割りキャンプに臨んでいる。球団初の試みの中で、宮崎で新しい役職に就いているのが長谷川勇也さんだ。2021年オフに現役引退して、打撃コーチを2年間務めた。2024年からは「R&D」という役職で、チームの力になっていく。
長谷川さんは、現役時代に通算1108安打をマーク。2013年には打率.341で首位打者となり、シーズン198安打は今も球団記録だ。打撃コーチだった2023年、1軍のチーム打率.248はリーグ2位。536得点はリーグトップと、自分の管轄においてもしっかりと結果を残していた。小久保裕紀新監督を迎え入れて生まれ変わる来季、なぜコーチ職ではない部門を選んだのか。
「R&D」とは「リサーチアンドディベロップメント」の略称。「動作解析」を請け負う役職で、野球選手の感覚をさまざまな機器を使って数値化する。科学的なアプローチから、選手のパフォーマンス向上をともに目指していくのが仕事だ。R&Dを選んだ理由と経緯を長谷川さんに直撃すると、たった一言。即答だった。
「自分がやりたいから」
そして「やるなら今だなって思った」と付け加えた。プロ野球において、ユニホームとは神聖なものだ。秋季キャンプを過ごす今、長谷川さんはホークスのジャージを身に纏って、業務に務めている。コーチではなくなり、ある意味“ユニホームを脱ぐ”ということにも抵抗はなかったという。「ないでしょう。みんなにビックリされるけど、なんでビックリなのかなって思います。やりたいことをやるだけなのにっていう」と、自分の希望そのものだったと何度も強調する。
今秋のキャンプでは米国から「ドライブライン・ベースボール」を招き、選手の動きを計測。骨盤の動きや、体の中で可動域が出ていない部分など、どうすればパフォーマンスに繋がるのかを言語化、数値化して、選手にフィードバックもしている。長谷川さんが動作解析を「やりたいから」と言うのも、球団の考えを理解して、自分なりに時代の変化も感じ取っているからだ。
「現場の首脳陣じゃなくて、フロントが主導となって練習メニューも考えていく時代になるから。そこの大元になる部署なので、R&Dは。そこが主力にならないといけないと思いますし、根っこの部分だと思うので、そこを厚くしていく。自分の今までの知識、経験、新しく覚えた知識を合わせて、もっとより良く選手に還元できるように、いい情報を提供できるような形になれればと思います」
長谷川さんは今年の1月に渡米し、米国でドライブラインに触れた。最新のトレンドであることは理解しつつも、情報に溢れた現代社会。「人の受け売りって本当の技術にはならない」と、知識を身に付けるだけでは意味がないことも強調していた。この時はまさか、自分が知識を“与える側”になるとは思っていなかっただろう。2023年の戦いが終わってまだ1か月も経っていないが、本格的に動作解析に触れて、どんな思いを抱いているのか。
「こちら側から、今回ドライブラインからも選手に『こうやったら良くなるんじゃない?』というものを選手に提供して、そこから先、やるのは選手。ただ今日のを見ていれば、勇(野村勇内野手)でも笹川(吉康外野手)でも、後から(室内まで)打ちにくる、聞きにくるわけじゃないですか。これが本当の主体性。自主性だと思うので。コーチに言われているから、とか、見られているとかじゃなくて、自分がこの感覚をものにしたいと思う練習が、練習。そういうのはちらほら見えている」
首脳陣に対する“アピール”のような練習や、誰かから課される膨大な練習量は、本当の意味で自分のためにはならない。科学的なアプローチで選手にきっかけを与えてはいるが、自分を変えるのは自分しかいないということは、いつの時代だって同じことだ。「選手に意欲を湧かせる指導ができていなかったのは、反省するところはあると思います。それは僕自身もそうだし、今までの全体的なコーチの指導としても」と今だからわかることもある。
秋季キャンプがスタートして、小久保新監督も「これで勝てんのかなぁ」と漏らすなど、まだまだ取り組みが手探りであることは間違いない。生目の杜運動公園からチーム宿舎に戻るバスの最終便は、基本的に16時。猛練習で技術を体に染み込ませるような秋ではないが、選手の目の色の変化は少しずつ感じ取っている。進化する野球、新しい時代に、長谷川さんなりに挑もうとしていることは確かだ。
将来的にコーチに復帰する可能性も「そればかりはわからない」と今は言う。長谷川さんがコーチ職から来季は離れることになり、驚きの声がファンからも上がっていた。現役時代から支えてくれたファンに向けて今、言葉を伝えるとしたら――。やっぱり職人肌の“ハセさん”らしいメッセージが返ってきた。
「バッティングを良くしたい、良くなってほしい気持ちは何も変わっていない。(ユニホームを)着てようが着てまいが、関係ないと僕は思っています。そこはあまり、ユニホームを着ているから選手にいい情報を与えられるとか、ユニホームを着ていないから、いい情報を与えられないとか、そういうものじゃないから。立場というか、その辺の線引きっていうのは考えてほしくないなとは思います」
(竹村岳 / Gaku Takemura)