「それだけはやめろ」 小久保新監督との約束…明石コーチが使わなくなった言葉

ソフトバンク・明石健志2軍打撃コーチ【写真:藤浦一都】
ソフトバンク・明石健志2軍打撃コーチ【写真:藤浦一都】

2022年に現役を引退して昨季は2軍打撃コーチ「コーチのあり方は勉強になった」

 人として、野球人として心から尊敬する大先輩が、指揮官となった。ソフトバンクは2023年シーズンを終えて、小久保裕紀新監督が就任した。新しいリーダーのもと、2024年は4年ぶりのV奪還を目指す。そんな指揮官をよく知るのが、明石健志2軍打撃コーチだ。今季が指導者としての1年目、ファーム日本一にも貢献した中で、今も強烈に心に刻まれている言葉がある。

 今季まで2軍の指揮官を務めた小久保新監督が大切にしていたのが、コーチを飛ばして選手とコミュニケーションを取らないこと。「監督と選手が近くなりすぎるとコーチの存在が死んでしまう。選手と個人的な人間関係を築かない。それは自分の中で決めています」と就任会見でも話していた。自分の考えを理解してもらうのはコーチで、コーチから選手に伝えてもらう。組織として同じ方向を向くような意思統一を、秋季キャンプから見せている。

 明石コーチが現役時代に小久保新監督とチームメートとなったのは2007年からだった。自主トレもともにするなど、リーダーとしてナインを引っ張る背中を、後輩として見つめてきた。その人柄を「1年かけて毎日顔を合わせて、聞いたりするから。引き出しが『図書館か?』っていう(笑)。どれだけあるんだっていうくらいですね」と表現する。

 明石コーチにとって、2023年は指導者1年目だった。「はじめは選手上がりで、(選手に)言う時もあるんやけど、結構オブラートに包んでいたんです」と、言葉も選びながら、選手に配慮もしていたつもりだった。しかし「そこから、被せてガンって(監督が)言ってくれて。本当はこっちもそれが言いたかったことだったんだけど、オブラートに包んでいたので」と、ハッキリとした言い方に驚いたという。当然、選手が進むべき方向性は首脳陣の中でも話し合っている。その方向に真っ直ぐ進むように、指揮官は真っ正面から選手と向き合っていた。

 コーチを“1個飛ばし”にしないという指揮官の最大の方針。監督とコーチの間での擦り合わせについて、明石コーチは「方向性はやっぱり明確にしているというか。まずこっちが思っていることを言って、それにプラスして足りないことや『俺はこういうふうに見えてるよ』っていうのはハッキリ言ってくれる」と明かす。全ては、選手がいい方向に進むため。コーチの存在を監督もリスペクトして、ともに最善の方法を考えてきた。

選手たちに指導するソフトバンク・明石健志2軍打撃コーチ(背中姿)【写真:竹村岳】
選手たちに指導するソフトバンク・明石健志2軍打撃コーチ(背中姿)【写真:竹村岳】

 小久保新監督から言われた言葉の中で、明石コーチが強烈に印象に残っているものがある。打者にとっては、投手の球速もどんどんと上がり、球種も細かくなって増えていく時代。コーチの立場の人間が、選手の可能性を諦めてはいけない、という。

「コーチは“仕方ない”とか、使ったらあかんということ。割り切ったりした時に『仕方ない』とか(という表現を)使うことがあったんですけど。『お前、それだけはやめろ』というか。『仕方ないとか、コーチが使ったらあかん。使っていいのは監督と選手や』って。コーチが仕方ないというのを使っちゃったら、そこをどうにかできるかもしれないのに、こっちから放棄してしまっているっていう」

「監督はそこを統括しているから。仕方ないことは仕方ないと(言えると思う)。選手はもう、バッターだとしたら見逃し三振でも『そこの球だけは死角でした』って言葉を使えるけど。じゃあコーチは、そこを見逃さずに、厳しいかもしれないけど『こうやったらファウルにできたんじゃない?』ってやった方が、こっちもそのための対策を考えるし。どういうことをやったらいいのかとか。それを言われてからは『そうだよな』って思いました」

 明石コーチにとっても、指導者として身に起こる全てが初めて。「そこで自分も結構考えたんです」と、監督の言葉を正面から受け止めて意味を考えた。3割打てば一流と言われる世界。7割の失敗がある中で、選手を導く立場のコーチが、失敗を失敗のまま終わらせてはいけないんだと教わった。「責任ある立場になったんだから。気をつけてというか、細心の注意を払うようにはなりました」と、コーチとしてのあり方を学んだ。

 指導者となって、初めて所属した組織の「監督」が小久保新監督だったことも、影響を与える出会いとなった。自分の中で迷いを抱いた時、指揮官に相談をしてみても「『これどうなんだろうな』っていうことを聞くと、即答で返ってきますよ」と、常に自分の意見を伝えてくれる。2軍の選手たちの姿も「めちゃくちゃ変わったと思うよ。説得力あるし、ズバンと言うから。選手が『そうですよね』としかならない」と、どこまでも指揮官の背中をリスペクトしていた。

「コーチの振る舞いじゃないですけど、あり方っていうのはすごく勉強になりました」。来季も2軍の打撃コーチとして、ホークスの力になっていく。小久保新監督は「王イズムの継承」を大きな目標に掲げているが、“小久保イズム”も確実に受け継がれている。

(取材・米多祐樹 / Yuki Yoneda)