上林誠知は「まだ見捨てられていない」 眼前の“屈辱”…抱いた感情はファンへの感謝

ダメ押しとなる中前2点打を放ったソフトバンク・上林誠知【写真:竹村岳】
ダメ押しとなる中前2点打を放ったソフトバンク・上林誠知【写真:竹村岳】

長谷川勇也コーチが告げた厳しい言葉「もう10年やっている」、上林の“現在地”

 派手なガッツポーズはなくとも、燃える思いがあった。ソフトバンクは3日、楽天戦(PayPayドーム)に7-3で勝利した。途中出場の上林誠知外野手が1安打2打点。目の前で申告敬遠という“屈辱”を目にしながらも、ダメ押しとなる中前2点打で応えた。要因を問われると「声援が打たせてくれた」とファンに感謝を述べる。その真意に迫った。

 8回1死一、三塁で打席には中村晃外野手が立った。一塁が埋まっており、ゴロを打たせれば併殺打も狙える状況だったが、楽天ベンチは申告敬遠を選択した。上林が打席に入ると、1球目は空振り。2球目もファウルで追い込まれた。2ボール2ストライクとなり、最後は浮いてきたパームを中前に弾き返した。「最後はもう反応でした」。塁上では表情を変えず、右拳を突き上げただけ。展開的にも大きな一打となった。

 上林が記録した直近の安打は9月29日の西武戦(同)。しかし、その1本以降の7打席は無安打、3三振に終わっており、打率.180にまで沈んでいた。試合中の広報コメントでは「敬遠で回ってきた打席で、負けられないという強い気持ちがありました」と話したが、眼前で見た“屈辱”と言える相手の選択に、上林は何を思ったのか。

「仕方ないというか、現状を見てそうしたのかなって思いますけど。もちろんナメられたままじゃ終われないっていう気持ちもあったので、打ててよかったです。(チームも)負けていなかったので、特別気負っていたわけでもなくて。普通に入れました。(目の前の敬遠は)プロでもあったんじゃないですかね」

塁上で松山コーチとハイタッチ【写真:竹村岳】
塁上で松山コーチとハイタッチ【写真:竹村岳】

 中村晃を迎えたところで楽天ベンチはタイムを取り、マウンドに輪ができた。少し試合の中で時間が生まれて「バッターは、中村晃!」とコールされた。その直後に申告敬遠が告げられると、ドームは、怒号も期待の声も飛び交う異様なムードが漂った。注目を一身に浴びていた上林。受け取ったのは、ファンからの期待だけだ。

「これだけ数字がない選手に対して、すごい声援をしてくれた。まだ見捨てられていないというか……。そういう気持ちにもなりましたし、嬉しかったです。ホーム最終戦っていうのも含めてそういう雰囲気になったと思う。『打たせてあげたい』っていう、そういう声援にも感じましたし、声援が打たせてくれた感じです」

 今季が10年目で、54試合に出場して打率.189、0本塁打、9打点。期待に対して結果で応えることができずにいる自分に対して、ファンはまだこんなにも大きな声援をくれる。10年目を終えようとしている中で、今季を「苦しかったです」と本音で表現したが、“上林は終わっていない”と信じている人がたくさんいる。それを証明するようなシーンだった。

 昨年5月18日に右足のアキレス腱を断裂した。1年以上が経った今も「毎日痛いです」と言う。「去年、右足をやってしまって。その右足をうまく使えないというか、思うようにいかなかった。それで左足に意識が強くなって、バッティングが崩れたところもあったので……」。故障によって“振り出し”に戻り、また自分だけのバッティングを見つける作業。「自分の本来の動きはどういうものなのか、見つめ直してまたやっている」と試行錯誤の日々だ。

ファンからの大声援に応えた
ファンからの大声援に応えた

 5月、明石健志2軍打撃コーチは上林について「過去が良くても今がダメだったら意味がない。何年も結果が出ていないとなると、やっぱり自分で変化していかないと。自分が変わるしかない」と突きつけていた。1年をフルに戦ったのは、22本塁打を記録した2018年が最後。どんどんアップデートしていく相手からの攻めにも、年々変化する自分の体にも、プロ野球選手なら対応しないといけないと言う。

 上林も「苦しかった」というほど、手応えを感じられずにいた今季。見守っていた長谷川勇也打撃コーチは「もう若手っていうレベルでもないし、もう10年やっていますからね」と淡々とした口調で話す。明石コーチの言葉を伝えると、長谷川コーチも「10年やっていますから、若手と同様のことを言う必要はないと思う」と同調した。もうコーチが導く領域から、自分で答えを見つけないといけない世代になっているのは間違いない。

 長谷川コーチは常々、技術とは自分自身で磨き上げ、反復練習で自分だけのものにしないといけないと訴えている。「ある程度のきっかけ作りはできるかもしれないですけど、そこから先の感覚探しは僕らには入り込めない」。練習では二人三脚でヒントを探したとしても、試合でプレーするのはたった1人。打席での“孤独”に打ち勝って、本物の技術と自信を見つけないといけない。だからこそ「もう10年やっている」との表現で現状を突きつけた。

 復活を信じるファンと、もう10年目であるという現実。その狭間で、上林も戦っている。「毎朝、チェックから入って。その中でどうしようかなという感じです」と古傷とも向き合う日々。今はまだきっと復活の途中。どれだけ苦境に立たされようとも、上林は立ち上がる。信じてくれる人たちのために。

(竹村岳 / Gaku Takemura)