ただ盛り上げるだけではない。信念を持っていたから、いまだにファンの記憶にも残っている。ソフトバンクの西田哲朗広報は2020年オフに現役を引退。球団広報として、3年目を迎えている。現役時代の中で印象深いのが「声出し」。“あの手この手”を使って、試合前のナインを鼓舞し続けた。そんな西田広報が見る甲斐野央投手の声出しは?
2018年9月にはお酒のツマミ、アタリメを取り出して「“あたりめぇ”(当たり前)のことを“あたりめぇ”にやりましょう!」。時にはライターを持参して、シュッと火をつける。「これでみなさんの心に火がつきました!」と、声出しによって自分の居場所を築いてきた。その印象はいまだにファンの中でもあるようで、今も街中で「『あの声出しの……』とか言われますよ。『野球は!? ってなるんですけどね(笑)」と声をかけられるそうだ。
「声出しは笑いじゃなくて、選手を鼓舞すること。僕の場合は小道具に頼ったんですけど。一瞬のリラックスを作って、盛り上がって試合に入っていく大事な“儀式”だと思っていました。だから笑いを起こすというよりは、盛り上がるみたいな。チームを鼓舞して、みんなに直接鼓舞できる場所って声出しだと思っていたので。正直、スタメンやとしても、声出しの方が大事だと思っていました」
笑顔にするだけが目的ではない。西田広報なりのモットーは、グラウンド上でも生きるような大切な意識を伝えることだ。「アタリメだって、実際に考えたら『当たり前のことを当たり前にやる』って、一番の勝ちへの近道じゃないですか。それを印象に残るように言おうとしていただけ」。アマチュア野球とは違って、それぞれが独立して試合まで準備するプロ野球。野手が全員揃う声出しという場を、誰よりも大切にしていた。
「自分自身を鼓舞するのもありましたし。みんなを鼓舞できるかできないのか、チームの一員として大事なことだと思っていたし。みんなの前で発言できる唯一の場ですから。そこが一番のモットーでした。基本、“伝えたい”って気持ちだけなんです。印象に残るように、なおかつ試合に今から行くぞっていう雰囲気にさせるようにというのは心がけていました」
今季の印象的な声出しと言えば、甲斐野央投手だろう。チーム11連敗で迎えた7月24日のロッテ戦(ZOZOマリン)。23日の同戦後、ほとんどの選手が集まって決起集会が行われた。西田広報も誘われたそうだが「選手だけだから」と断り、そこで甲斐野が野手陣から指名を受けたという。「はじめは甲斐野もめちゃくちゃ緊張していました」と代弁する。数々の爆笑を呼び、選手を鼓舞してきた西田広報の目からも「今年一番」だと大絶賛だ。
「今年一番じゃないですか。それくらいの声出しだったと思います。『みんなに羽を生やす』とかも野球に繋がっているし、最後に円陣でも肩も組んだし。盛り上げ方を知っているなって感じですよね。負けはしましたけど、ファンの方からもたくさんのコメントが届いていました」
声出しの様子は、ホークスの公式ツイッターにもアップされた。最後は選手が肩を組み、その中心から見上げるようなアングルで撮影されている。西田広報は自らが輪に加わるのではなく、スマートフォンを輪の中心に置いた。「『下から撮ってほしい』って言われていたんです。僕が寝転んだら、選手が僕を見ることになるじゃないですか(笑)。でもめちゃくちゃいい画でしたね!」と選手への配慮とともに、その瞬間のやり取りを明かす。
広報の視点から見ても「めちゃくちゃすごかったですよ。感動を生んだ感じだったので」と大反響だったと話す。結果的に、勝利まであと1死のところでロベルト・オスナ投手がサヨナラ弾を浴びて敗れた。1000以上のリツイートもされた声出しは「広報目線で言ったら、あれで勝ったら抜群でした。甲斐野自身もすごく取り上げられていたと思うし、間違いなくテレビでも扱われていた。声出しの映像も使われたでしょうし」とは言うが、連敗中でも選手は諦めていない。その姿をファンに届けることができた。
結果が全てのプロ野球ではあるが、声出しは選手の個性が伝わってくる貴重な場。一生懸命に戦う選手も、その姿を伝える球団側も含め、ホークスを応援していきたい。