【連載・板東湧梧】野球は高校で辞める 家族のため望んだ自立…初任給で母に贈った腕時計

ソフトバンク・板東湧梧【写真:竹村岳】
ソフトバンク・板東湧梧【写真:竹村岳】

「僕もお金を稼ぐ」進路は就職一択、お金がかかる大学進学は「興味ない」

 鷹フルがお届けする主力4選手による月イチ連載、板東湧梧投手の「5月後編」です。今回のテーマは「親孝行」。5月22日に公開された前編の続編です。高校で野球を辞めようとまで思っていた板東投手が、JR東日本へ進路を決めた経緯とは。プロ入り後も徳島から支えてくれる母の存在について語っています。次回の連載は6月26日(月)に掲載予定です。

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 鳴門高時代は春夏を合わせて甲子園に4度出場した。エースとしてチームを引っ張り、誰もが将来に希望を抱きそうな道を歩む中で、板東は高校で野球を最後にするつもりだった。「就職して、僕もお金を稼ぐイメージでした」。大学進学の選択肢も「ゼロでした」と振り返る。高校での進路希望調査の第1希望には迷わず「就職」と記入していたという。

 理由の1つが家族のためだった。大学に行けば、推薦での入学だとしても少なからずお金はかかる。自分が稼ぐことで家族のためにも少しでも早く自立したかった。鳴門高の監督に、大学から声がかかっていることを聞かさせれても「『興味ないです』って返事しました。『じゃあもうどこから来ているのかも言わんぞ』って言われたので、どこから(話が)来ていたのかは今も知らないです」。18歳の板東も、1度決めたことは曲げなかった。

「母さんに相談するとかも特になくて、勝手にそう決めていたし、想像もしていなかっただけなんですけどね。僕が無知だっただけかもしれないですけど、だからこそ今ここにいられるのかなと」

 幸いにも大学だけでなく社会人からの誘いもあった。自らの希望だった就職しつつ、野球を続けられる選択肢ができた。「僕も母さんも田舎が長かったので『JR』と聞いてもピンとこなくて。『トヨタに行きたいよね』とかいう話をした記憶があります(笑)」。選んだのはJR東日本への入社。「高校の監督に『こんなすごい企業に行けるぞ』って。他の就職先を考えても、そこよりもいいところがないなって、そんなにいい企業に入れるなら入りますとなった気がします」というのが決め手だった。

 初めての寮生活で母の偉大さを感じる出来事があった。「社会人野球に入って、お金を稼ぐ大変さを感じました。毎月カツカツで、何も、とまでは言わないですけど、自由も感じられなくて。こんな中で子どもを育てて、自分の好きなこともできないんだろうなって」。18歳で手にした待望の初任給。「姉ちゃんと半々にして」と、時計をプレゼントしたのが、最初の親孝行だった。

 JR東日本で5年間プレーし、2019年のドラフト4位でホークスに指名された。今はリリーフとして起用されているが、毎試合、登板を見て母は連絡をくれるという。「『ちゃんとしなよ』とか言われて、そこは僕もまだ子どもなので『うるさいわ』とか言っちゃうんですけど。でも良かった時も悪かった時も連絡をくれます」。誰よりも応援してくれていることは、しっかりと伝わっている。

 実家には板東のグッズがたくさん並んでいる。「僕の等身大ポスターみたいなのもあります」。家族の“愛情”に照れ笑いが浮かぶ。5月20、21両日の西武戦(PayPayドーム)に行われた「ピンクフルデー」では、自らグッズをプロデュース。幼少期から犬や猫に囲まれてきた人生で「今回のグッズにも猫が入っているので、母さんにも送ってあげようと思って自分でも買いました」と実家に届ける予定だ。

 5月14日の「母の日」ではカバンをプレゼントした。「恥ずかしくて、特別なにかすることはなかった」と、これまでは連絡を入れるくらいだったが、「今年はしたいなと思って」。生活が“カツカツ”だった社会人時代から、プロ野球選手となり、稼ぎも増えた。活躍すればするほど、親孝行したい気持ちは強くなる。

「誰かのためと言われると、親が一番大きいと思います。プロに入ったら楽をさせられると思っていたんですけど、もっとしてあげたいなっていうのはあります。もっと自由にさせてあげたい。そのためにももっと活躍して、親孝行したいという思いは強いです」

 今年の12月で板東も28歳になる。家族の健康にも気を遣うようになった。「めちゃくちゃ気になります。母さんは目が悪くて……。僕自身も体は強くないですし、じいちゃんもばあちゃんも持病がある。母さんもいつそうなるか……と思っちゃうので、体には気をつけてほしいです」。今の自分にできるのは、マウンドで元気な姿を見せること。できるなら、結果を残して勝利に貢献することだ。

 最後に、母にメッセージをお願いした。照れながら「やっぱり、なんだかんだ感謝しています。いつも色々言っちゃいますけど、僕もしてあげられることがあればしてあげたいですし。これからも元気に長生きしてほしいです」。マウンドに立つ姿を、いつまでも見ていてほしい。

(竹村岳 / Gaku Takemura)