ほんの少しだけ指揮官の気持ちを知ることになった。ソフトバンクは京セラドームで行われた4日からのオリックス戦を2勝1敗と勝ち越した。その初戦。藤本博史監督の父親が亡くなり、試合を欠場した。監督代行として指揮を執ったのは森浩之ヘッドコーチだ。「やっぱり1軍の監督ってすごいな。めっちゃ1日が長く感じたわ」と汗をぬぐって振り返っていた。
4日は投手戦の立ち上がりだった。石川柊太投手と田嶋大樹投手の投げ合いの中、試合を動かしたのは6回。先頭の甲斐拓也捕手が左前打で出塁すると、続く牧原大成内野手には「サイン」と、ベンチの指示で送りバントを選択した。結果的に、近藤健介外野手が右中間に先制の1号2ラン。「打ったのは本人だから」と謙遜したが、最高の形で采配が的中した。
藤本監督は父親の訃報を、大阪に向かう新幹線の中で知った。家族からの電話で「急にかかってきたのでびっくりした。頑張るということを伝えてきました」。チームを1日離れ、ナインに頭を下げて謝るシーンもあった。「外から映像で見ているのは違う意味で、ね。みんなが頑張ってくれました」と白星を届けてくれたことが嬉しかった。森ヘッドにとってもいきなりの出来事だったが、結果で応えた。
森ヘッドは1987年に当時の南海に入団。1軍通算28試合出場で、現役引退後はブルペン捕手などを経験した。2017年は1軍のヘッドコーチに就任。指揮官の“右腕”として支えた経験があるのは、監督通算558勝を挙げた工藤公康氏と藤本監督の2人だ。伝統的なホークスの野球とはいえ、また違った持ち味を見せてチームを勝たせた2人の指揮官には、森ヘッドなりに感じる“共通点”がある。
「思ったのは、どちらも“勝負勘”というのか“第6感”というのかわからないけど、何かを持っている。『ここ!』と思ったところでの決断はすごい。それがやっぱりことごとく当たるし、監督になる人はそういうものがあると思う」
スタメン起用をはじめ、投手の交代や代打のタイミングなど、どちらの指揮官も試合における勝負の瞬間で腹をくくる度胸を持っていると強調する。1試合ではあるが、監督代行としてサインを出し、その決断力のすごさを体感した。「情は入ったりしたかな」。迷ったまま出したサインは、必ず選手にも伝わる。ベンチが戦う気持ちを示すことが、指揮官としても大切な要素の1つだと改めて感じた。
森ヘッドコーチが例に挙げたのは“筑後ホークス”が奮闘した昨季だった。8月22日に柳田悠岐外野手、牧原大成内野手らが新型コロナウイルスの陽性判定を受けて登録抹消。23日の楽天戦(楽天生命パーク)で5番に野村大樹内野手、右翼には増田珠内野手らを起用して白星を拾った。森ヘッドコーチも「思い切って大樹を5番にしてすごいよね。信頼して使ったと思う」と今でも忘れないタクトだ。
「調子が悪かったとしても若いやつを(1軍に)上げないといけなかったけど、あれはなかなかできることじゃないし、ファームで(若い選手と)接してきたからできると思う。あの時期を乗り越えられたことはチーム的にも本当に大きかった」
ベンチの決断1つが、試合を動かす。自分でも指揮を執る経験をして「ずっと緊張していたわ」と大変さを改めて経験した。4日のオリックス戦は「そんな展開じゃなかったけどね。切羽詰まっていたわけじゃないし、0-0でいったから精神的にはしんどかったけど、作戦面ではそんなになかった。ホームランが2本出て、逆に言えば楽というか」。監督がいないからこそ、勝つことが全てだった。
工藤公康氏も藤本監督も、試合の前後では必ず取材に応じる。森ヘッドコーチも4日はていねいに話してくれたが、5日は「もういいよ、俺は」と、謙遜する姿が“参謀”らしかった。指揮官が迷えば、こちらも腹をくくって背中を押す。一歩引いたところからホークスを支えることが、森ヘッドなりの“美学”だ。