近年、球界での投手のレベルアップが目覚ましい。ロッテの佐々木朗希投手やオリックスの山本由伸投手をはじめ、リリーフでも球速160キロに迫る投手が球界にゴロゴロとあふれる時代になりつつある。主に2000年代に現役として戦ってきたソフトバンクの斉藤和巳1軍投手コーチは、現状をどう見ているのか。
「レベルは上がっていなかったらおかしいよ。それは当たり前じゃない? 時代とともに上がっていないとね。昔に比べてもすごい球を投げる投手が多くなっているから、びっくりすることもある」
当然だという表情で印象を語った。かわすのではなく、自信のある球で打者を圧倒するという考えが今のトレンド。要因の1つに「いろんな情報交換をする時代だから、いいことをそれぞれが取り組んでいるから相乗効果につながっているんじゃないかな」と分析する。各チームにハイレベルな投手がいることが、球界全体の相乗効果となっているという。
現役時代は通算79勝を挙げて2度の沢村賞に輝いた。選手同士の情報交換について「俺は他球団との交流なんて持つ必要ないと思っていた。敵やからね。今はそういうわけじゃない」と、孤高な存在だったことも斉藤和巳コーチらしい。SNSを見れば選手同士の仲の良さが伝わってくるような現代とはまた少し違い、現役時代はそれぞれがはっきりと「ライバル」だと認識して投げ合い、戦ってきた。
強力なライバルたちとの投げ合いは自分自身を成長させてくれた。エースとしてカード頭を託され続けた経験に「緊張感だったり試合の流れとか、考えないといけないことが多かった。接戦が多いと1球の重みも変わるし、状況もしっかり判断しないといけない」と“負けないエース”だと呼ばれるゆえんがここにある。
特にファンの記憶に刻み込まれ、同じ時代に戦った松坂大輔というライバルは、どんな存在だったのか。
「大輔を筆頭に、松坂世代がチームにもいたから。和田も、スギ(杉内)も(新垣)渚も。他球団でいえば大輔がいて、投げ合うことあったし、西武とはよく優勝争いもしていたから。自然とそういう意識はしていたと思う。自分が思っている以上の力を出させてくれる相手だったね」
指導者となった今、自分自身が歩んだ道を選手にも歩んでほしいとは思っていない。「時代も違うしそれぞれの道があるから」と話すが、はっきりと感じている時代の変化に、出力を求めるだけではいけないと強調する。投手コーチとして四死球を減らすためにも、選手に伝え続けていることは1つだ。
「いい球を投げるだけが投手の仕事ではない。その先が全てやから。“いい球を投げる競争”じゃないから。それは選手たちにも言っている。いい球を投げることを目標にはするけど、試合になったら、マウンドで終わっていたらあかん。勝負はベース板の上やと、何度も何度も伝えているから。投げたら終わりじゃない。投げた先に答えがある」
160キロ近い真っ直ぐでも、ヒットにされたり、ストライクが入らなかったりすれば意味がない。投手の仕事は打者を抑えることであり、チームが勝つことだ。「出力だけが全てじゃないと思っていたから。今はよく聞くよね」。大切なのは自分とではなく、打者と勝負をすることだ。ゾーン内で打者を圧倒する時代。“力と力”の勝負に近い状況を「単純にはなってきている」と表現する。その中でも、変わらないものがあるとも言う。
「投手が最終的に行き着くところは絶対にコントロールやから。出力だけで、短いイニングは抑えられるとは思うけど、打者もそれに対応してくると思う。それだけではピッチングにならへんっていうのは目に見えてわかっているので、出力で止まっていたらあかんということやね」
現役時代、949回2/3を投げて319与四球。自身では「そんなにコントロールは(よく)なかった」と分析する。悪かったという印象もないが「そういうふうに見せるのも大事」と胸を張れるのも、とにかく打者との駆け引きの中で、勇気を持ってゾーンで勝負してきたからだ。単純になってきた今の勝負を「時代で片付けたくない」というが、投手の大切なものは何も変わっていない。
「ビタビタのコントロールのいい投手なんて、そんなおらへんからね。針の穴を通せるような選手は。だからこそ“ピッチング”をせな。駆け引きをせな、騙し合いやから」
投手のレベルアップは、必ず打者のレベルアップにもつながる。能力で圧倒する野球も、プロならではの駆け引きも、ファンならどちらも見てみたい。そしてその両方を大切にして、プロ野球は進化していかなければならない。