ソフトバンクの斉藤和巳投手コーチは、今季から1軍の投手コーチに就任した。現役時代に“負けないエース”と呼ばれ、ホークスを勝たせてきた右腕は、どんな信念を持って選手と接しているのか。そこには、誰よりも先頭を走ってきた男らしい、深い愛情と器量の大きさがあった。
選手の取り組みは、全てが結果につながるとは限らない。春季キャンプからオープン戦にかけて、少しずつ明暗が分かれ始めた。結果を出せなかった後には「切り替えられてるか?」と頻繁に声をかける。斉藤和コーチはどんな時でも絶対に選手を見捨てないと心に決めている。「突き放さんよ」。京都府出身。男気あふれる思いを関西弁で語った。
「大事な選手たちやもん。選手を預かっているんだから、戦力だから、みんな。1軍のベンチ入りは15人かな? 15人だけで戦えへんやんか。今は(1軍帯同が)20人いるんかな、20人みんなが戦力やし、下から選手も上がってくる。敗戦処理と言っても、そいつらがおらんかったらシーズンはやっていけへんねんから」
選手それぞれに成功したい理由があり、恩返ししたい人がいる。プロ野球は平等ではなく競争の世界だが、選手それぞれの人生を預かっていることは誰よりも斉藤和コーチ自身が自覚している。長いシーズンを考えれば、1軍にいる選手だけが戦力ではない。先発投手や勝利の方程式だけでなく、敗戦処理と呼ばれる投手だって重要な戦力。投手がゲームセットまで投げるから試合は成立する。だから選手の成長のために寄り添うことがコーチの愛情だ。
「“裏ローテ”とかいうけど、俺の中では表も裏もないと思っているから。全員が一緒、戦力だから。そう書くのはいいと思うで。敗戦処理? 形的にはそうかもしれないけど、それも戦力。それがおらんと乗り切っていけへんから。そいつらも大事やから」
強調するのは野球に対する真摯な姿勢だ。「何の努力もしない、何も考えずに同じことを繰り返すのなら、それは誰のプラスにもならない」。選手がプロであろうとするなら、どんな状況でも手を伸ばす。ともに考えて光を探す。「同じやるならいい思いをしてほしいからさ。限られた現役生活の時間があるんやから」。自身が右肩の故障に苦しんだことも、指導者としての信条にしている。
現役時代は通算79勝を挙げ、2度の沢村賞に輝いた。ホークスのエースとして貢献した背中を、数多くの後輩が見てきたはず。先頭に立ってきたからこそ、自分がエースでいられたのは、周囲のおかげでもあることは身に染みてわかっている。
「先発投手は自分では勝ちをつけられない。勝つ確率を高める、負ける確率を減らす作業しかできないからね。野球は点取りゲーム。打者に打ってもらわないと勝てへんし、毎回完投するわけでもないからリリーフ陣がいてくれないと。みんなの応援をあおいでいるわけだから。それは今の投手たちにも、もっと感じてほしい。(野球をやるのは)1人じゃないし、自分のことだけを考えないというか」
プロ野球選手は個人事業主ではあるが、野球はチームスポーツだ。自分さえ良ければいいという考え方ではなく、協力を理解し、感謝して、マウンドに立たなければならない。言動でチームを引っ張っていく意識について「そこは今、足りひんところやと思っているし、まだ(選手からは)感じひん。また話もしようと思っている」というからこそ、伝えたい思いがある。
「ピッチャーって、特別やけど特別じゃないから。特別やで? 投手が投げないと野球は始まらへんから。でも、だからこそ、特別って本人たちが思ってほしくない。周りが特別だというふうに思ってもらえるようになっていってほしいね」
“野球はピッチャー”とはよく聞く言葉だが、それは周囲が評価すること。誰よりも選手の未来を信じ、誰よりもホークスを勝たせたいと思っているから、斉藤和コーチは愛を持って選手と向き合う。取材が終わると、最後にこう付け加えてきた。「デカデカと書いといて! みんなが目を通すように!」。豪快なところも“和巳さん”らしさだ。